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第01話:結婚三周年記念日の裏切り
霜月(しもつき)雫(しずく)は会場の扉を開けた瞬間、時が止まったような感覚に襲われた。
広々とした個室の中央で、夫の神凪(かんなぎ)彰(あきら)が片膝をついている。その前に立つのは、彰の幼なじみである一条(いちじょう)美夜(みや)。彰の手には小さな指輪の箱が握られていた。
「彰さん、そんな……」
美夜の頬が薄っすらと赤く染まる。まるで本物のプロポーズシーンのように見えた。
周囲にいた友人たちが手を叩いて囃し立てる。
「おお、ついにやったな!」
「罰ゲームとはいえ、本格的すぎるだろ!」
「キス!キス!」
罰ゲーム。
雫の胸に小さな安堵が生まれかけたその時、友人の一人が大声で叫んだ。
「結婚してても美夜のことが好きなの、みんな知ってるんだから!」
会場が一瞬静まり返る。
雫は静かに口を開いた。
「何をしているの?」
その声に気づいた友人たちが慌てたように振り返る。雫の存在に気づくと、まるで何かに追われるように次々と会場から立ち去っていった。
彰が勢いよく立ち上がる。
「ただの罰ゲームだ」
怒りを露わにした彰の声が会場に響く。しかし雫の心には、友人たちの言葉が深く刺さっていた。
美夜が慌てたように雫に近づいてくる。手には温かいお茶の入ったカップを持っていた。
「雫さん、誤解しないでください。本当にただの罰ゲームだったんです」
美夜の声は震えていた。しかし、その次の言葉が雫の心をさらに抉る。
「彰さんが私を好きだなんて、絶対に信じないでください。そんなこと、あるはずないじゃないですか」
わざとらしい否定の仕方だった。まるで逆に「彰は私を好きなのよ」と言っているかのように聞こえる。
雫は無意識にお腹に手を当てた。妊娠三ヶ月。まだ小さな命が宿っている。
その瞬間、美夜の足がもつれた。
「きゃあ!」
美夜が倒れ込み、手に持っていた熱いお茶が彼女自身にかかる。
「熱い!熱い!」
美夜の悲鳴が会場に響いた。
「美夜!」
彰が駆け寄り、美夜を抱き起こす。
「大丈夫か?火傷は?」
「彰さん……痛いです……」
美夜が彰の胸に顔を埋める。
彰の視線が雫に向けられた。その目には激しい怒りが宿っていた。
「妊娠してるのにそんなことして、もしお腹の子に罰が降りたらどうするつもりだ!」
彰の言葉が雫の心を凍らせる。自分の子供に対して「罰が降りる」と言ったのだ。
彰は美夜を抱きかかえて立ち上がる。
「病院に行こう」
二人が会場を出ようとした時、雫は階段で彰の腕を掴んだ。
「待って」
「放せ!」
「今日は私たちの結婚三周年よ」
雫の声は震えていた。三年前の今日、二人は永遠の愛を誓ったはずだった。
「どけっ!」
彰が雫の手を振り払おうとする。
「お願い、話を聞いて」
雫は必死に彰にすがりついた。しかし彰の怒りは頂点に達していた。
「邪魔するな!」
彰の手が雫の肩を強く突き飛ばした。
体勢を崩した雫は――重力に引かれるように、階段を転げ落ちていった。