第3話:真実の代償
[雪乃の視点]
「雪乃!」
玲司の手が私の腕を掴み、病室から無理やり引きずり出す。
階段の踊り場まで来ると、彼は私を壁に押し付けた。
「子供の前で何を言っているんだ!」
玲司の声が怒りで震えている。でも私は、もう何も恐れていなかった。
「あの子が私の子供を殺したって言葉の、どこが間違ってるの?」
私は玲司の目を真っ直ぐ見つめた。
「あれは事故だった。親戚の子供の悪戯で――」
「自分でもその言葉、信じてる?」
玲司の言葉を遮った。彼の表情が一瞬揺らぐ。
――あの日のことを思い出す。
一年前の十月。妊娠がわかって、玲司に報告しようと急いで帰宅した。
玄関を開けて、階段を上がろうとした瞬間。
足が滑った。
階段に撒かれていたシャワー液で、私は転落した。
お腹を強く打ち、そのまま病院に運ばれた。
子供は、助からなかった。
「親戚の子供の悪戯による事故」
玲司はそう説明した。でも、なぜその子供は我が家にいたのか。なぜシャワー液を階段に撒いたのか。
私が何度聞いても、玲司は曖昧な答えしか返さなかった。
――
「あの時から、私は眠れなくなった」
私の声が病院の廊下に響く。
「毎晩悪夢を見て、子供の泣き声が聞こえて。精神科にも通った。でもあなたは何て言った?」
玲司が口を開こうとするが、私は続けた。
「『いつまでも引きずるな』『狂った女みたいだ』って。そう言ったわよね?」
あの頃の玲司は、最初こそ同情的だった。でも時間が経つにつれて、私の苦しみを理解しようとしなくなった。
「雪乃、もうやめろ」
「やめない」
私は一歩前に出た。
「あの子は沙耶の息子でしょう?そしてあなたの子供でもある」
玲司の顔が青ざめる。
「違う、樹は――」
「嘘つき」
私の声が震えた。
「あの子の年齢を考えてみなさい。五歳よ。あなたが沙耶と関係を始めたのが三年前なら、計算が合わないじゃない」
玲司が言葉に詰まる。
「本当は、もっと前からでしょう?私たちが結婚する前から、あなたは沙耶と――」
「やめろ!」
玲司が叫んだ。
でも私は止まらない。一年間溜め込んできた怒りが、堰を切ったように溢れ出す。
「私の子供を殺したのは、あの子よ。沙耶に言われて、階段にシャワー液を撒いた。そうでしょう?」
「証拠があるのか」
玲司の声が低くなった。
証拠?
ない。でも、心の奥底で確信している。
あの転落は事故じゃない。
「証拠がないなら、黙れ」
玲司が私の肩を掴んだ。
その瞬間、私は決心した。
もう隠すことはない。
「私、妊娠してるの」
玲司の手が止まった。
「何?」
「妊娠してるの」
もう一度、はっきりと言った。
玲司の顔から血の気が引いていく。彼は私の腹部を見つめ、眉をひそめた。
喜びの表情ではない。
困惑と、そして何か別の感情。
「妊娠してるのか……」
体が一瞬で冷たくなった。