「ありがとう、清水さん」
松本朝陽はタオルを受け取りながら、柔らかく微笑んだ。
先ほど、海岸で貝殻を拾っていたというこの女性――清水心音が、偶然この島のもう一方の浜にいることを教えてくれたおかげで、彼らはこの側の島に人がいると知り、急いで負傷したボスを運んで来ることができたのだ。
医療チームの医師たちによれば、もしあと少し遅れていたら、長谷修彰の脚はもう助からなかったという。
だからこそ、修彰の部下たちは皆、清水心音に深く感謝していた。
心音は少し照れたように笑い、「清水さんなんて呼ばなくていいですよ」と言った。
「私は井上さんの専属栄養士で、少し看護の勉強もしているんです。もしお世話が大変なら、手伝わせてもらっても構いませんよ」
唐沢彰が「それは助かりますね」と口を開きかけたが、松本朝陽が先に微笑みながら言葉を挟んだ。「お気持ちだけ、ありがたく受け取っておきます。いずれお願いすることもあるかもしれません」
唐沢は横目で松本を見た。
――やはりこいつの方が頭の回転が速い。
そう悟り、何も言わず口を閉じた。
心音の視線は自然と長谷修彰の方へと向かった。
だが、彼はずっと俯いたままで、まるで周囲の会話など耳に入っていないかのようだった。
その様子に、彼女は小さく息をつき、名残惜しげに一礼すると、静かに洞窟を出て行った。
修彰は、彼女が出ていったのを確認してからゆっくりと顔を上げ、指先で松本を呼び寄せた。
「……ボス?」
修彰は無言でスマホを取り出し、さきほど届いたメッセージの内容を思い返しながら、
いくつかの特徴を簡潔に伝えた。そして低く言う。
「お前、人を連れてこの辺りを探してこい。確か、我々の中に石油探査の専門がいたはずだ」
松本は一瞬まばたきをした。
「この島に……石油があるんですか?」
修彰は目を細め、淡々と続けた。「石油になる植物がある。精製すれば燃料になるらしい。画像をお前の端末に送る。――俺が言った場所を中心に探せ。栽培も可能だと聞いた」
最初、松本は意味を掴みかねていた。
だが次の瞬間、その言葉の意味を理解し、目を大きく見開いた。
「……ボス、それ、本気ですか?」
植物から石油が取れる?
しかも、それを「育てられる」と?
それが事実なら――
それは、世界のエネルギー構造そのものを覆す発見だ。
枯渇するはずの資源が、無限に再生できることを意味する。
世界中がその情報に狂奔するだろう。
そんな部下の驚愕をよそに、修彰の表情は微動だにしなかった。
ただ無意識にスマートフォンの縁をなぞりながら、低く呟く。
「……彼女が、俺をからかっていないといいがな」
「彼女、って?」
修彰は横目で松本を見やり、淡々とした口調で返した。
「俺が直接言わなきゃ動けないのか?」
「っ、す、すみません!」
松本は慌てて姿勢を正し、そばにいた唐沢の腕を引っ張った。「行くぞ、唐沢!ボスの指示だ!」
「えっ?え、どこへ?それにボスの脚は――」
「いいから動け!」
二人はあわただしく仲間を集め、洞窟を飛び出して行った。
外には三、四人の護衛が残され、洞窟の入り口を固める。
修彰は岩壁に背を預け、ふっと息を吐いた。整った顔立ちの男だというのに、今は不思議と荒れた環境を気にする様子もない。
指先でスマートフォンを弄っていると、指が偶然スリープを解除し、画面が光を放った。そこには、既読になった一通のメッセージが表示されている。
【私は安藤綾。あなたがいる無人島に、石油を精製できる特殊な植物があるとの情報を得ました。
特徴は添付画像の通り。
また、生育環境の場所も画像に示しています。人を派遣して探してみてください。もしこの取引が成功したら、報酬として利益の一割をいただきます】
修彰の視線が、「画像参照」の文字の上で止まる。
そして――ふっと、唇の端を上げた。
(画像参照だと?……まるで論文か報告書みたいだな)
その皮肉めいた笑みに、わずかな愉悦の色が滲んだ。
......
一方その頃、安藤綾は子どもを抱いたまま、部屋のソファに座っていた。すでに一時間以上、スマホの画面を見つめている。
再び更新ボタンを押すと、送信したメッセージと画像の横に「既読」の文字が灯っていた。
「……ふぅ」
安藤綾はほっと息をつき、口元に笑みを浮かべた。
現代のテクノロジーというのは、本当にすごい。
同じ機種同士だと、メッセージが読まれたかどうかまで分かるなんて。
それにしても、反応が早すぎる。
二人の距離は何千キロも離れているはずなのに、
送信してから一、二分で既読がつくなんて――。
「……やっぱり、現代人の知恵ってすごいわね」
彼女は感嘆の息をつきながら、スマホを胸の前でぎゅっと抱きしめた。