間もなく、新しい使用人が床のガラスの破片を綺麗に掃除し終えた。
小野莉奈は清水詩織の手を引いて紹介した。「詩織、これはお兄さんの温井研介よ。自分で起業して、会社の調子もなかなか良いのよ。」
研介は入ってきた時から詩織のことを注視していた。先ほどの弱々しい様子が消え、冷静で落ち着いている姿を見て、突然現れた妹に対して、
好奇心が湧いてきた。優しい口調で「さっきは怪我しなかった?」
詩織は微笑んで答えた。「大丈夫。」
研介は頷き、助手から袋を受け取って詩織に渡した。「急いで戻ってきたから、これは助手に頼んで用意させた服だ。着……試してみてくれ。」
と言おうとしたが、母の先ほどの言葉を思い出して言葉を変えた。
詩織は手を伸ばして受け取った。「ありがとう。」
研介は手を引っ込め、何か考え込むように瞳の奥に理解の色が浮かび、薄い唇に微かな笑みを浮かべた。
莉奈は兄妹が上手く交流している様子を見て心が弾んだ。「詩織、母さんが部屋まで送って服を試着させてあげるわ。」
詩織は「はい」と答えた。
突然、研介が莉奈より先に詩織の細い腕を支えた。「ちょうど僕も上の階に行くところだから、母さん、僕が彼女を送っていくよ。」
莉奈はよく分からなかったが、深く考えなかった。「じゃあ詩織、大丈夫?」
詩織は腕に伝わる温もりを感じながら、はにかんで微笑んだ。「大丈夫。お願い。」
「なんでもないよ。」
研介は片手で詩織を支えながら、彼女と一緒に三階へ向かった。
彼は起業して基本的に家に帰らず、温井家での彼の部屋はずっと三階にあった。静かな場所が好きだったからだ。
二人は階段を上がりながら、何も話さなかった。果ての場で、研介が詩織の部屋のドアを開けると、
部屋の装飾は温井美咲のものよりも更に上品で美しかった。化粧台の上には高級ブランド品が並び、ウォークインクローゼットの服やバッグはすべて今シーズンの新作ばかり。
莉奈の彼女への心遣いがうかがえた。詩織の腕から手を離して、ドア枠に背中をもたせかけ、
先ほどとは違う慵懶とした口調で言った。「母さんはあなたに本当に心を注いでいるね。」
詩織は虚ろな眼差しのまま、研介から一歩離れた場所に立ち、振り返らずに笑みを絶やさなかった。「そうですね。私には見えないが、感じることはできる。」
研介の目が冷たく光った。「だから先ほどわざと水をこぼして、被害者のふりをして母さんを怒らせたのか?」
「そうよ。」詩織は否定せず、振り向いて直接応えた。顔の笑みは最初から最後まで消えなかった。
研介は眉をひそめた。彼は詩織の仕業だと確信していたが、彼女が認めるとは思っていなかった。
詩織の笑顔を見つめながら、二秒ほど沈黙した後「なぜそんなことをした?七恵が嫌いなら直接言えばいい。自分も傷つけて、それで賢いと思っているのか?」
深い視線が彼女のスカートの裾から露出した右足首に落ちた。そこには熱湯で火傷した痕があり、スカートも濡れて体にまとわりついていた。
詩織は軽く笑った。「私は自分が賢いなんて言っていない。自分を侮辱した人をただ帰すのと、その人を今後苦しみの中で生きさせるの、
この程度の犠牲なら私にとって何の問題もない。それとも、あの七恵があなたにとって大事な人だから、彼女のために抗議しているのか?お兄さん。」
「お兄さん」という言葉を詩織が語尾を引き伸ばして言うと、足首の鈴の音と相まって、独特の雰囲気を醸し出した。
思わず研介は彼女に見とれてしまった。
詩織がドアを閉めようとすると、研介が急に阻止した。
「他に用事?」彼女は莉奈の前での素直で優しい態度はなく、言葉には棘があった。
研介は二秒ためらった後、口を開いた。「先ほどなぜそうしたのかは知らないが、確かに彼女が先に君を侮辱したと言うなら、
罰を与えたのはいい。気が済むなら追い出してもいい。だが、そういう小細工を温井家の身内に使うのはやめてくれ。わかったか?」
詩織は眉を上げ、虚ろな目に一瞬光が宿ったように見えた。「私は事を起こさないが、恐れもしない。私に優しくしてくれる人には、同じように返す。
逆に...」
後の言葉は言わずに、彼女は力強くドアを閉めた。
研介は近すぎたため、ドアが鼻にぶつかりそうになった。初めてこんな扱いを受け、少し呆然となった。
以前は美咲が怒っても、家族に顔向けできないという態度だったが、この新しい妹は気性が荒いようだ。
突然、家にもう少し長く滞在してもいいかもしれないと思い、鼻をさすりながら自分の部屋に戻った。
部屋の中で、詩織はドレスを取り出し、上下を手で探って着方を確認してから、洗面所に入って着替えた。
彼女は目を怪我してからというもの、自分で自分を訓練してきた。服の着替えや入浴など、物の順序さえ教えてもらえば、
すべて一人でできるようになり、付き添いが必要なかった。ただ温井家に来たばかりで、まだ慣れる必要があった。
詩織は自分の部下を温井家に入れた方がいいかどうか考えていた。そうすれば何をするにも便利になるだろう。
30分後、
詩織は研介が買ってきたアプリコット色のキャミソールワンピースを着ていた。スカート部分にプリーツがあり、ウエストはタイトに仕立てられ、彼女の手で掴めないほど細いウエストラインが強調されていた。
細いキャミソールの肩紐には同色の蝶結びが二つあり、雪のような鎖骨と肩のラインに一点の欠点もなかった。
詩織は髪を下ろして、自然と慵懶で自由な魅力を放っていた。
ドアの前に立つ研介は、そんな詩織を見て、目に驚きの色を浮かべた。
温井家の子供たちに不細工はいなかった。みな鮮やかで目立つ美しさや格好良さを持ち、見る人の記憶に残る容姿だった。次男の温井洋介は今や引っ張りだこの人気スターで、大衆に愛されていた。
以前から美咲も美しいと思っていたが、その美しさは小さな宝石のような、見る人に憐れを誘うような美しさだった。温井家の二人の子供と比べると、何か物足りなさを感じていた。
今、詩織を見て、何が足りなかったのかようやくわかった。生まれ持った気質や血縁関係は、いくら養っても形成できるものではなかった。
特に詩織の茶褐色の切れ長の目は母親に五分の類似があり、気品があって艶やかすぎない雰囲気を持っていた。
詩織は彼の見つめる視線を感じて、微笑んだ。「どうしたんですか?またお兄さんは私を説教するつもりなのか?」
「あ……ゴホン」研介はそう言われて、心に恥ずかしさを覚え、頬が赤くなった。
幸い詩織には見えなかった。彼は手を差し出した。「結構根に持つんだな。降りていこう。」
詩織はその手を無視して、自分で階段を降り始めた。言葉も交わさなかった。
研介は彼女の背中を見つめた。階段を降りる際も迷いなく曲がり、花壇も正確に避け、白杖を使わず、それはただの装飾品のようだった。彼女が目が見えないとは誰も思わないだろう。
研介は手を引っ込め、鼻先をこすりながら小声で言った。「この娘、謝ってほしいってか。」
詩織が階下に着くと、ちょうど美咲が学校から帰ってきて、外から駆け込んできた。
「お母さん帰ってきたよ!今日の学校すごく疲れた。お母さん、もう学校行きたくない!」
詩織は声を聞くと、素早く後ろに下がり、美咲にぶつかられるのを避けた。階段を降りてきた研介はその様子を見て、
眉間にしわを寄せ、厳しい声で言った。「美咲、何を走っているんだ?人にぶつかりそうになったのが見えなかったのか?」
美咲は驚いて、階段入口の詩織を振り返り、彼女の美しい姿に見とれた。よく見ると、彼女の服はシーズン新作の「宮崎泉」ブランドではないか?
宮崎泉の服は常に一点物で、最も安いものでも600万円、新作は2000万円からのスタート価格だった。
この一着を、彼女は長い間欲しがっていた。しかし高すぎたので、今年の誕生日に父親に買ってもらおうと思っていた。詩織はどこで手に入れたのだろう?
お母さんが買ったの?以前は自分に対して「贅沢すぎる、普通の服がそんなに高価である必要はない」と言っていたのに、詩織には買ってあげるなんて。
美咲の目に嫉妬の色が浮かんだ。気軽な口調で、天真爛漫な笑顔を浮かべて言った。「ごめんなさい。まだ家に人が増えたことに慣れてなくて、あなたに気づかなかったの。怒ってない?お姉さん。」
「慣れておいた方がいいわね。これからここは私の家でもあるんだから。それと、床が滑るから気をつけて。」
詩織は白杖を床に叩きつけ、一歩一歩彼女を通り過ぎて莉奈のもとへ向かった。
美咲は歯を食いしばり、心の中で不快感を抱いた。「何よ、帰ってきたばかりなのに権利を主張するなんて。少しの血縁だけで温井家に居座れると思っているの?
孤児院育ちのくせに、ふん。」
研介は美咲の目に宿る不満を見て取り、心から嘆息した。「やはりどれだけ長く育てても、偽物は偽物だ。骨の髄まで染み付いたものは変えられない。
少し話しただけで本性が出る。はあ。」