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36% 夫が私と結婚していたのは、たった七秒間 / Chapter 9: 第9話:空虚な帰還

Chapter 9: 第9話:空虚な帰還

第9話:空虚な帰還

怜はスーツケースを引きずりながら玄関の扉を開けた。

「結衣、ただいま」

返事はない。

いつもなら玄関先で出迎えてくれるはずなのに、今日は静寂が家を支配していた。庭の薔薇も嵐の後らしく荒れ果てている。

「結衣?」

声を大きくして呼んでみるが、やはり応答はなかった。

怜は眉をひそめた。出張中、何度か電話をかけたが繋がらなかった。体調を崩しているのかもしれない。

リビングに入ると、テーブルの上に見慣れた物が置かれていた。

結衣の婚約指輪とスマートフォン。

「何だこれは……」

怜の心臓が早鐘を打ち始める。嫌な予感が胸を駆け上がった。

慌てて二階へ向かう。寝室のドアを勢いよく開けると——

クローゼットが空になっていた。

結衣の服が一着も残っていない。壁に飾られていた結婚写真も消えている。まるで最初から誰も住んでいなかったかのような空虚さだった。

「そんな……馬鹿な」

怜は呆然とクローゼットの中を見つめた。数日前まで確かにあった結衣の痕跡が、綺麗に消し去られている。

この数日間、結衣からの返信がなかったことを思い出した。あの時、胸に感じた冷たい不安が現実のものとなって襲いかかってくる。

階下で物音がした。

「結衣か?」

怜は慌てて駆け下りる。だがリビングにいたのは——

「お疲れさまでした」

魅音だった。手には怜のジャケットを持っている。

「これ、クリーニングから受け取ってきました」

「魅音……なぜここに」

「白鳥(しらとり)さん……いないの?」

魅音は辺りを見回しながら尋ねた。その表情には微かな困惑が浮かんでいる。

「実は昨日、白鳥さんとお話ししたんです。『ここを出て、二度と戻らない』って言ってた気がする……」

「何を言っている」

怜は即座に魅音の言葉を遮った。

「結衣が俺から離れるなんて、絶対にありえない」

断固とした口調だった。二十年以上連れ添った妻への絶対的な自信。結衣の愛は疑いようのない事実だと信じて疑わなかった。

魅音は小さく頷いたが、その瞳の奥で何かが光った。

実は魅音は、怜が出張に出る直前、リビングのゴミ箱に結衣の指輪とスマートフォンを捨てていた。結衣の失踪を決定的に見せかけるための工作だった。

「お食事、用意してあります」

魅音が提案した。


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