「二階にありますよ。まず上がりましょう」
二人は階段を上り、阿部竜也は歩きながら辺りを見回していた。
橋本隼人はそれに気づき、尋ねた:「何を探してるんだ?」
竜也は「妹だよ。昨日しつこくせがまれて招待状を用意したんだ。友達を連れてくるって言ったから、もう来てるかなと思って」
隼人はうなずき、何も言わなかった。彼は竜也に妹がいることをずっと知っていたが、一度も会ったことはなかった。竜也は妹の話になると止まらなくなり、よく「妹は変わってしまった、小さい頃はすごく可愛かったのに、今はまったく可愛くない」と言っていた。
可愛くないと言いながらも、毎日妹の話をして目を輝かせている。
もう救いようがない。
隼人は無意識にもう一度あの方向を見た。あの女性はまだそこに座っていたが、もう一人ではなかった。
深灰色のスーツを着た男が彼女の向かいに座り、二人は何かを話していた。女性の顔には常に笑みがあったが、その笑みは目まで届かなかった。
隼人は眉をしかめ、足の向きを変え、思わずあちらへ行こうとしたが、すぐ我慢できた。
彼は一歩一歩二階に向かって歩き、真っすぐ前を見つめているが、心の中では名もない怒りが燃え上がり、その場で怒鳴りそうになった。
竜也は一階で妹を探し回ったが見つからず、携帯を取り出して電話をかけようとした。
突然、遠くから騒ぎ出して、彼は携帯を握ったままその方向を見た。
何が起きたかを確認する前に、隣の隼人が長い脚で素早くその場に向かって走った。
「くそっ」
竜也は小さく呪い、急いで携帯をしまって追いかけた。
石井美咲は席に座って阿部凛を待っていたが、凛が来る前に40代位の男が座ってきた。
男は自分は映画監督だと名乗り、自分の代表作品をいくつか挙げた。
美咲はその人物が誰なのか思い出せなかったが、凛が自分のために苦労してくれたことを考え、辛抱強く会話を続けた。
彼女が予想していなかったのは、その男は作品の事で話し合うのではなく、すぐに手を出してきたことだ。
美咲は最近体調が優れず、よく頭がくらくらして吐き気がした。凛は栄養不足だと思い、もっと肉を食べるように言ったが、肉を見るだけで吐きそうになった。
さっきもお酒を一杯飲んだばかりで、すぐでも吐きそうな気持ちだ。
体調が悪く、イライラも募り、監督ともこれ以上取り繕う気もなくなった。彼女が立ち上がって去ろうとした時、手首をつかまれた。
美咲は二回ほど振り払おうとしたが全く効果がなく、慌ててテーブルの上のグラスを掴んで、ストレートに男の頭に向かって投げつけた。
彼女のその一撃は弱くなかった。男の頭からすぐに血が滲み出た。男は手で血を拭い、目の前にかざして見ると、血だらけの画面が浮かび、立場などもわきまえず、左手で美咲の細い手首を強く掴み、右手で美咲に向けて思い切りパンチした。
美咲は抜け出す力もなく、恐れて目を閉じる。
しかし、予想された痛みの代わりに、悲鳴の声が響き渡った。
美咲が目を開けると、目の前には背の高い男性が立っていた。
「その手、放して!」
彼は顔色が真っ黒になって、美咲に向けて投げ出した監督の手をきゅっと掴み取った。監督は痛くて顔が歪んでいて、思わず美咲の手首を放してしまった。
「あり...」
美咲の「ありがとう」という言葉が出る前に、突然、激しい吐き気が出て、すぐ頭を下げ、急いでトイレに向かって走り出した。
追いついてきた竜也が見たのはこの光景だ。
「何があったんだ?」
隼人は美咲の走り去る後ろ姿を見ながら言った:「竜也、ここを片付けておけ」
その後、振り返りもせずに、美咲のいる方向に向かって歩いて行った。
竜也は呆然とした。
さっきの女性は誰だろう?なぜ隼人が急にお節介を焼くんだ?
もしかしてお知り合い?
それとも...
竜也はある可能性が思いつき、すぐでも追いかけてその様子を見物したかった。
いつも世間知らずの親友が、一目惚れでもしたのか?
いや、一目惚れじゃなくて、ただ美人に目がくらんだだけか?
隼人は自分がどう思われるか気にする余裕もなく、美咲の後を追いかけ、彼女がトイレに入るのを見ていた。
隼人はトイレの入口に立って、美咲が洗面台に向かって腰を屈め、必死に嘔吐している様子を見た。暫し躊躇ったが、彼は中に入り、彼女の背中を軽く叩いてあげた。
美咲はしばらくして、ようやく楽になった。口を漱いでから振り向いた。
彼女がお礼を言う前に、隼人は眉をひそめて尋ねた。「どれだけ飲んだ?」
美咲:「……」
この親が子供を叱るような問いかけは何だろう?
「一杯」、彼女は細長い指を一本立てた。
答えてから初めて相手をじっくり見てみた。男は背が高く、顔立ちが整っていて、芸能界でもトップ10に入るようなスタイルだった。しかし、彼女は記憶を探ってみたが、この人に関する情報はまったく思い出せなかった。
見知らぬ人だ!