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16.66% 捨てられた妻の宝石人生 / Chapter 4: 第4話:崩壊と再生

Chapter 4: 第4話:崩壊と再生

第4話:崩壊と再生

[刹那の視点]

夜の十時。

体が燃えるように熱い。額に手を当てると、指先が震えるほどの高熱だった。

四時間も雨に打たれて歩いたせいだろう。喉が焼けるように痛く、視界がぼやけている。

「お湯を……」

ふらつく足取りでキッチンに向かい、電気ポットに手を伸ばした。でも、指に力が入らない。

ガシャン。

ポットが床に落ち、蓋が外れて熱湯が飛び散った。

「あっ——」

熱湯が右足にかかる。激痛が走り、私は浴室に駆け込んだ。冷水を足にかけながら、意識が遠のいていく。

こんなところで死ぬんだな。

そう思った瞬間、視界が真っ暗になった。

----

病院の廊下で、救急隊員が医師に状況を説明していた。

「マンションの住人が発見しました。浴室で倒れていて、高熱と脱水症状です」

「家族は?」

「連絡がつかないそうです」

医師は眉をひそめた。正月の夜に、一人で倒れている主婦。何か事情がありそうだった。

----

[刹那の視点]

目を開けると、白い天井が見えた。

病院のベッドの上にいる。点滴の針が腕に刺さっていて、体はまだだるかった。

「気がついたか」

険しい顔をした冬弥が、ベッドの脇に立っていた。

「冬弥……」

「お前、頭がおかしいのか?」

冬弥の声が、病室に響く。

「こんな極端な手で俺の気を引こうとしたのか?」

私は冬弥を見上げた。彼の目には、心配ではなく苛立ちしかない。

「違う」

「違う?じゃあ何だ?」

冬弥が私の襟首を掴んだ。

「墓地から四時間歩いて帰ったの。あなたが私を置き去りにしたから」

「嘘をつくな」

「嘘じゃない。雨の中を——」

「俺の気を引くために、わざと病気になったんだろう?」

冬弥の手に力が込められる。息が苦しい。

「あなたの気なんて、これ以上向けられたくない」

私の言葉に、冬弥の手が止まった。

「何だって?」

「もう、うんざりなの」

病室のドアが開いて、怜士が入ってきた。

「ママ、大丈夫?」

一瞬、息子が心配してくれているのかと思った。でも、怜士の次の言葉で、その期待は砕け散る。

「クソババア、マジで気持ち悪い」

怜士が私を見下ろしながら、吐き捨てるように言った。

「病気になって同情引こうとしてるの?最低」

私は何も言えなかった。

「怜士、そんな言い方は——」

「うるさい!」

怜士が私を睨みつける。

「パパと美夜さんの邪魔しないでよ!」

その時、病室のドアがまた開いた。

美夜が現れる。

「あら、大変だったのね」

わざとらしい心配の声。でも、その目は笑っていない。

「私も具合が悪くて……」

美夜が額に手を当て、ふらつくような仕草を見せた。

「美夜!」

冬弥が慌てて美夜を支える。

「大丈夫か?」

「ちょっと、めまいが……」

美夜が冬弥にもたれかかる。完璧な演技だった。

「すぐに診てもらおう」

冬弥が美夜を抱き上げた。まるで、お姫様を抱くように。

私には一度も向けたことのない、優しい表情で。

「無駄な足掻きはやめろ、見苦しい」

冬弥が振り返り、私に言い放った。

「美夜の方が、よっぽど心配だ」

三人が病室を出て行く。

私は一人、ベッドの上に取り残された。

しばらくして、看護師が入ってきた。

「大丈夫ですか?」

「はい」

「さっきの女性、仮病でしたね」

看護師が小声で言った。

「体温も血圧も正常でした。でも、あなたは本当に危険な状態だった」

看護師の言葉が、胸に刺さる。

「一週間は入院が必要です」

一週間。

その間、誰も見舞いに来ることはなかった。

----

一週間後の退院日。

誰も迎えに来ない。

私は一人で病院を出た。

外は快晴だった。青い空に白い雲が浮かび、そよ風が頬を撫でていく。

心の重荷を下ろした人間って、こんなにも自由になれるのか。

歩きながら、そう思った。

もう、冬弥に期待することはない。怜士に愛情を求めることもない。

私は、私だけの人生を歩もう。

----

[刹那の視点]

家に戻ると、床にはあの時のポットが転がったままだった。

冬弥は一度も帰宅していない。

でも、もう何も感じなかった。

私はクローゼットを開け、服を整理し始めた。未使用のブラウスやスカート、昔買ったぬいぐるみ。全部、階下の住人に譲ることにした。

救急車を呼んでくれた恩人だから。

クローゼットが空になった時、奥の隠し場所に手を伸ばした。

そこにあったのは、一冊のノート。

ジュエリーデザイナーだった頃に描いた、デザイン画がびっしりと詰まっている。

ページをめくると、色とりどりのスケッチが現れた。指輪、ネックレス、ブローチ。全部、私が夢見た作品たち。

これだけ持って行こう。

私の夢だけを。

荷造りを終えた時、玄関の外から声が聞こえた。

「刹那?」

冬弥の声だった。


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