その叫び声がきっかけとなり、一斉に銃弾の雨が降り注いだ。小さな木々やつる草が次々と銃弾に撃たれてはじけ飛ぶ。龍飛はとっさに飛びかかり、逃げ出そうとしたひとりのハイカーを地面に押し倒した。銃声が止んだとき、もうひとりのハイカーは全身が蜂の巣のように撃たれ、血がじわじわと身体から流れ出していた。
龍飛は何か柔らかいものを手に感じて、慌てて下を見た。ちょうどその手が抱きかかえた人の胸に触れていた。
「女……?」龍飛は慌てて身を起こし、「す、すまない!ここは危険だ、早く移動しよう!」
「お兄ちゃん……!」彼の腕の中にいた少女は、血だまりの中に横たわるハイカーを見つけると、錯乱したようにその遺体に駆け寄った。
「ヒューッ!」鋭い音が空気を切って彼らの頭上をかすめた。小虎が叫ぶ。「隊長、急いで!敵に砲撃がある!」
言葉が終わる前に、一発の砲弾が頭上で炸裂した。破片で砕けた木の葉や枝が雨のように降り注ぎ、龍飛の背中をバチバチと打ちつけた。彼は背中をかすめた破片の痛みに構わず、泣き続ける少女の手を引いて森の中へと逃げた。
少女が振り返ると、その鋭い目つきがナイフのように龍飛の心に突き刺さった。再び砲弾の音――今回も彼らを狙っているようだった。龍飛はためらわず少女を肩に担ぎ、身をひねると、突然足元が崩れ、そのまま崖下へと落ちていった。
咄嗟に近くの小さな木を掴み、もう一方の手で少女の手首をしっかりと掴んだ。ふたりは宙づりの状態になった。
助けに来ようとした小虎も、銃撃の嵐に阻まれて近づけなかった。龍飛は少女に向かって叫んだ。
「離すな!力を入れて、上に登るんだ!」
銃弾が彼らの周囲と頭上に飛び交う。龍飛は腕に痺れを感じ、AK-47の弾に撃たれたことを悟った。だが少女は登ろうとはせず、怒りに満ちた視線を彼に向けた。その目には、今にも彼を殺してやるというような憎しみが宿っていた。
そして、少女はゆっくりと自らの手を緩めていった。
「やめろ、離すな!」龍飛が思わず叫んだそのとき、目が覚めた。
「お兄さん、大丈夫ですか?」目の前にはまた「鹿丸(ルーワン)」の顔があった。にこにこと笑いながら、手には具材を巻いた餅を持っていた。
「食べます?宿の主人がくれたんです、タダですよ。」
龍飛は体を少し動かすと、鈍い痛みが全身に走った。無意識に傷口を触れながら、鹿丸から餅巻きを受け取ってひと口で半分を頬張った。
「今どこだ?」
「もうすぐ長城(万里の長城)です。そこを越えれば馬邑。つまり関内に入るってことですね。」
鹿丸はそう言いながらにっこり笑った。その笑顔に、龍飛は少し違和感を覚えた。
「何を笑ってる?」
鹿丸は首を振った。龍飛はため息をついて言った。
「もう丸一日も一緒にいるのに、まだ君の名前も知らないな。」
「僕は王巍(ワン・ウェイ)です。こっちは僕らのお姉さん、王……」
「言うな!」王巍が言いかけたところで、すかさずその「王姉さん」が制止した。しかし龍飛の耳には、かすかに「薔(ジャン)」という音が届いた。
龍飛は王薔に白目を向けつつ、王巍に笑顔で言った。「俺は龍、龍飛(ロン・フェイ)だ。陝西(せんせい)出身!」
「陝西?」王巍はその地名を知らないようだった。
龍飛は苦笑しながら首を振った。「陝県の西、今の長安……そう、だいたい長安のあたりだな。」
「へえ~、それでか、お兄さんの話し方、ちょっと変だと思った!」
龍飛は標準語を話していて、陝西訛りはまったくなかった。王巍は標準語をそのまま「陝西語」だと思い込んでいたのだ。
龍飛はさらに尋ねた。「君たちは洛陽に何しに行くんだ?」
王巍が答えようとすると、王薔の鋭い視線がまたそれを封じた。龍飛はそれを見て深くため息をついた。
「こんなに美人なのに、性格はこれか……きっと嫁に行けないぞ。もったいない。」
王巍は口を押さえてクスクス笑っていた。王薔は龍飛を睨みつけた。
「誰が嫁に行けないって?あんたのほうこそ、二十も半ばを過ぎてまだ独り身なんて、女に相手にされなかったんでしょ!」
「それは違うね!」龍飛は胸を張って言った。「正直に言うと、俺には婚約者がいる。今回帰るのも結婚式のためで、もう婚姻届も出した!」
王薔の表情が一瞬引きつり、龍飛を一瞥すると顔を背けて黙ってしまった。王巍は不思議そうな顔をした。姉の性格からして、口喧嘩で引くなんて考えられなかったからだ。今日は初めて、姉が自分から会話をやめた。
王巍は不思議そうに龍飛の顔を見てから、姉の様子をうかがった。王薔の顔には怒りの影はなく、むしろどこか寂しげだった。
「姉ちゃん、どうしたの?どっか具合でも悪い?」
王薔は首を振り、珍しく優しい声で言った。
「大丈夫よ。さあ、あなたは早く食べなさい。」