徐々に笑顔が浮かばなくなってきた。篠原智也はあまり帰ってこなくなり、いつも残業だと言っていた。
江川美咲が戻ってきたあの夜、私は階段を降りる時に足を捻ってしまい、痛くて歩けなかった。夫に電話して塗り薬を買ってきてもらおうと思った。
電話はずっとつながらず、痛みに耐えながら階段に座り込んで涙が止まらなかった。しばらくして痛みが和らいだので、片足で階段を上った。
スマホを開いてようやく気づいた。江川美咲が戻ってきて、篠原智也の友人が美咲のために歓迎会を開いていたのだ。
その日、美咲が私を友達に追加した。
「智也が酔っぱらってしまって。住所を教えていただけますか?」
私は何も言わずにタイムラインの位置情報の場所へ向かった。そこで篠原智也が泥酔して、ソファーに横たわっているのを見つけた。
智也がお酒を飲まないことは知っていた。仕事上の付き合い以外では、彼は絶対にお酒に手を付けない。
こんなに酔っ払った智也を見たことがなかった。智也の他に、ひとりの女性もいた。
「私は江川美咲です。覚えていますか?」
私は頷いて、名前を名乗った。美咲は優しく微笑み、傍らの智也を指さした。
「みんなが私の歓迎会を開いてくれて、彼も飲みすぎてしまったんです。彼の家の住所を知らなかったので、あなたにメッセージを送るしかなかったんです」
私は数歩前に進み、ソファーに横たわっている智也を抱き起こした。
美咲が傍らで見ていた。彼女の視線が私をさっと見渡すのを感じ取った。「莉奈さん、智也は幸せですか?」
私は彼女を見つめ、その意味が分からなかった。しかし美咲は軽く笑い、「智也はとても素晴らしい人です。彼ほど素敵な人に会ったことがありません」
美咲は少し間を置いて、「ただ、残念ながら私と彼には縁がなかったんです」
美咲が言わなくても知っていた。智也は大学時代から有名で、イケメンで裕福な家庭の出身というだけでなく、恋愛にも一途だった。
聞いた話では、彼は美咲のためにプログラミングを独学し、告白するためだけにそうしたという。美咲から電話が一本あれば、どこにいても智也は現れたという。
智也がとても良い人だということはずっと知っていた。ただ、それは美咲に対してだけだった。
美咲が去った後、私は苦労して智也を玄関まで支えたが、夫の呟きを耳にしてしまった。
「美咲」
長年沈黙していた何かが壊れた気がした。私は小さな声で夫に応えた。
「智也、よく見て。私は美咲じゃない」
周りは静まり返っていた。智也はすでに椅子に寄りかかって眠っていた。
私の中の怒りはすっと萎んでしまった。
退院の日、私は智也に会った。夫は美咲を慎重に支えながら、優しい声で彼女に気をつけるよう言っていた。
私の視線は美咲の足に落ちた。女性の足には包帯がぐるぐると巻かれていた。
骨折しているようだった。美咲はダンサーで、彼女にとってあの脚は最も大切なものだ。だから智也が緊張した様子なのも無理はない。
「篠原社長」
私を迎えに来た高橋君が智也と鉢合わせた。智也は眉をひそめ、明らかに予想外だった様子だ。
「呼んでないのに、なぜ来たんだ?」
「奥様が今日退院されるので、お迎えに来ました」
そこでようやく智也は私に気づいた。私は一歩引いて、病室に戻った。