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病室に入ってきた高橋時雄は、薬を手に取り、私の傷口に丁寧に塗り始めた。
以前なら、彼の気配りに感動していただろう。
でも今は、彼が気を遣えば遣うほど、私の心は痛むばかり。
彼は私の不規則な呼吸に気づいたようで、警戒しながら私の顔に近づき、手のひらで頬に触れた。
「霊ちゃん、いつ目が覚めたの?」
暗闇の中、私は目を閉じたまま、口を開きたくなかった。
でも、真実がバレていることに彼が気づいて、何か仕掛けてくるのも怖かった。
胸の中で渦巻く感情を押し殺して、何事もないふりをするしかなかった。
「傷が痛くて、眠りが浅かったの」
そのとき初めて気づいたが、彼が手に持っていたスマホでは、ライブ配信が行われていた。
100万人以上のフォロワーがいる配信ルームでは、「最高の夫」というコメントが次々と流れ、高額投げ銭が止まらなかった。
愛妻家という設定を固めるため、彼は愛情表現のパフォーマンスの機会を逃さない。
彼は私の手を取って自分の頬に当て、優しい声で言った。「俺が無力で、お前を守れなかった」
彼の顔に浮かぶ深い愛情は、演技だとは全く見抜けないほどだった。細部に至るまで、すべてが本物のように見える。
もし私がまだ騙されたままだったら、この言葉を聞いて感動の涙を流していただろう。
でも今の私は、ただ冷静に彼を見つめるだけ。
私の無反応な態度に、時雄は目を凝らし、突然の私の冷たさを理解できないといった表情を浮かべた。
「俺の手持ちは多くないけど、安心して。何とかしてお金を稼いで、もっといい治療を受けさせるから」
愛情表現の裏には、自分のお金がもうないから、私からお金を出させようという暗示があった。
吐き気を堪えながら、感動したふりをして言った。「あなた、配信を見ている皆さんの前で遺言を残したいの。全財産をあなたに残すって」
この言葉を聞いた時雄は、大喜びした。
すぐに弁護士を呼び、遺言書を作成させた。
両親が亡くなった後、私には数千万円の預金が残されていた。
時雄はずっと、この資金を使って自分を売り出すよう私を説得していた。
でも私は同意しなかった。彼の演技はまだ十分ではなく、さらに磨く必要があると思っていたから。
おそらく、それが彼が私に恨みを抱いた理由なのだろう。
遺言書を手に取り、配信カメラに向かって感動した表情を作った。
「私の全財産を、時雄との愛の結晶に残します」
配信のコメント欄には、一斉に羨望のコメントが流れた。
【わぁ、これぞ真実の愛!感動した!】
しかし、時雄の顔には少しも喜びの色が見えなかった。
むしろ、表情が硬くなっていた。
「霊ちゃん、全財産を俺にくれるって言ったじゃないか?」
私はわざと困惑した表情を作った。「私たち結婚したら、子供を産むでしょ?将来の財産はすべて子供のものになるわ。」
「まさか、私との子供を持つ気がないの?」
この言葉を聞いて、時雄の顔色が明らかに変わった。
急いでそういう意味ではないと弁解した。
言い終わると、私は再び配信に向かって言った。「私たちの愛を証明するために、契約にもう一つ条項を加えたいわ。結婚中に浮気した方は、すべての財産を放棄して、相手に補償することにしましょう」
この言葉に、時雄は心臓が震えたように、眉をひそめ、疑わしげな目で私を見つめた。
私は彼の視線に応えず、契約書に名前を書いて、手形も押した。
私のこの断固とした態度に、逆に時雄の方が躊躇しているように見えた。
彼の迷いに、配信を見ているファンたちは焦り始めた。
【時雄、何をぼんやりしてるの!早く署名して!】
【霊ちゃんを一番愛してるんじゃないの?】
【そうよそうよ、浮気する気?】
愛妻家という設定を維持するため、時雄は渋々契約書に手形を押すしかなかった。
私から財産を手に入れられなかった時雄は、気分が悪くなったのか、適当な理由をつけて病室を出て行った。
契約書を手に取りながら、私の心の中では冷笑が渦巻いていた。
計画が失敗して、辛いでしょう?
次の瞬間、タブレットのWeChatに新しいメッセージが表示された。
「くそ、あのあま、配信のファンの前で俺を罠にはめやがった!浮気したら無一文になる契約を結ばされた!」
「今や俺は全国的な人気者だ。何千もの目が俺を見ている。これじゃ白月光と会うこともできない!」
「だめだ、我慢できない。あいつを殺してやる!」