第6話:偽りの朝と復讐の準備
[綾崎詩音の視点]
朝の光が客間のカーテンを透かして差し込んできた。
私は一睡もできずに朝を迎えた。怜士は夜中に一度帰宅したものの、すぐにまた出て行った。玲奈のもとへ。
「詩音ちゃん、おはよう」
怜士の母が、優しい笑顔で部屋に入ってきた。昨夜、書斎で聞いた冷酷な声とは正反対の、慈愛に満ちた表情。
「おはようございます」
私は布団から起き上がり、微笑みを返す。
「怜士は会社で急用ができて、朝早くに出て行ったの。あなたに挨拶もできなくて、申し訳ないって」
嘘。
彼女の言葉は、すべて嘘だった。でも私は頷く。
「そうですか。お忙しいんですね」
「本当に、あの子は仕事熱心で困っちゃう。でも詩音ちゃんのためにも、頑張ってるのよ」
怜士の母は私の手を取り、温かく握った。
「結婚式まで、あと一週間ね。楽しみだわ」
私の胸に、激しい怒りが込み上げる。でも表情は変えない。
「私も楽しみです。実は今日、聖儀の館に用事があるんです」
「あら、そう?何かお手伝いできることがあったら、遠慮なく言ってね」
「ありがとうございます。でも大丈夫です」
私は立ち上がり、着替えを始めた。
怜士の母が部屋を出た後、私はスマートフォンを取り出す。
『あと6日』
カウントダウンが、一日減っていた。
聖儀の館では、担当者が私を待っていた。
「綾崎様、お疲れさまです。先週お預かりした資料の件ですが……」
「はい。手続きは進んでいますか?」
私は冷静に尋ねる。
「ええ。ただ、花嫁の変更というのは前例がなく、少々複雑で……」
「問題ありません。必要な書類はすべて揃えました」
私はバッグから、厚い封筒を取り出した。
中には、怜士と玲奈の親密な写真が入っている。怜士が風呂に入っている隙に、彼のスマートフォンとパソコンから入手した証拠だった。パスワードは私の誕生日。皮肉なことに、彼は私の誕生日を使って、浮気の証拠を保存していた。
写真には、怜士と玲奈が結婚写真を撮影している様子も含まれていた。二人は既に入籍済みで、2週間の出張と偽ってハネムーンに行っていたのだ。
「これは……」
担当者の顔が青ざめる。
「花嫁を花園玲奈に変更してください。彼女こそが、怜士の本当の妻ですから」
私の声は、氷のように冷たかった。
「承知いたしました。手続きを完了させます」
担当者は震える手で書類を受け取った。
[綾崎詩音の視点]
聖儀の館を出た私は、病院へ向かった。自分の検査結果を受け取るためだった。
駐車場に入ると、見慣れた車が目に入る。
怜士の車。
私の心臓が激しく鼓動した。なぜ怜士がここに?
産婦人科の前で、私は足を止めた。
扉が開き、怜士と玲奈が仲睦まじく出てきた。玲奈は怜士の腕にしがみつき、幸せそうに微笑んでいる。
私が怜士と浮気相手の玲奈が一緒にいるところを直接目撃するのは、これが初めてだった。
「あら、詩音さん」
玲奈が私に気づき、挑発的な笑みを浮かべる。
「まさか、あなたも妊娠でもしたの?」
その言葉に、怜士の顔が真っ青になった。
「玲奈、やめろ」
「詩音……これは……」
怜士が狼狽しながら言い訳を始める。
「玲奈が怪我をしていたから、偶然病院に連れてきただけで……来てから妊娠を知ったんだ」
嘘。
すべて嘘だった。
「ありがとう、詩音さん」
玲奈が私に向かって、勝ち誇ったような笑顔を見せる。
「もう妊娠3ヶ月目なんだ。しかも双子なんだよ」
その瞬間、私の世界が音を立てて崩れた。
双子。
怜士の子を、双子で。
「玲奈!」
怜士が慌てて玲奈の言葉を遮り、私の腕を掴む。
「詩音、話を聞いてくれ」
私は彼の手を振り払うことなく、感情を失ったかのように、なされるがままに病院を後にした。
車の中で、怜士が必死に弁解を続けている。でも私には、彼の声がまるで遠くから聞こえてくるようだった。
付き合い始めた頃、私は怜士にこう言った。
「もしあなたが私を裏切ったら、私は二度とあなたの前に姿を現さない」
怜士はその時、私の手を握って誓った。
「そんなことは絶対にない。君だけを愛している」
私はその約束を守るつもりだった。
そして、スペシャルな贈り物を、結婚式の日に彼に届けるつもりだった。