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22.22% 薬神のレシピ 〜救済か破滅か〜 / Chapter 2: 銀剣の嫌悪

Chapter 2: 銀剣の嫌悪

朝靄が丘陵を覆う中、ルークとリリィはゆっくりと村を後にした。

背後では、昨夜まで焦げ土だった森が、朝露をはじく若葉で一面に輝いている。

枝先には小さく光る虫がまだ数匹とどまり、名も知らぬ花が淡く発光していた。

蘇った土からは、薬草の芽がむくむく顔を出していて、村の道端では子どもが小さな魔法灯をぶら下げながら、芽に水をやっている。

けれど、その豊かな光景を見送る村人たちの表情には、感謝と同じくらいの恐怖が宿っていた。

「助かったが……」

「人の手で、森がこんな早く……」

そんな生声がひそひそ流れてくる。

「必ず……また帰ってきましょう」

リリィが小さく微笑む。祈りにも似た声音だ。

ルークは短く笑って、会釈した。

「うん。また来るよ。飲み方は守って、と伝えておいてくれ」

二人は街道を歩き出す。澄んだ空気が頬を撫で、小鳥獣の甲高い鳴き声が木々の上で跳ねた。

リリィは道端の銀色の草穂を指で弾きながら、掌で白い花をそっと包む。

「薬は人を救うはずなのに……どうして、あんな目で見られるんでしょう」

「救済も破滅も、表裏一体だから」

ルークは穏やかな声で答え、肩のバンドを少し締め直した。

「怖がるのは普通だよ。だから説明を増やそう。飲む量とやめ時、紙に書いて渡す」

リリィはうなずく。

「次は、最初から渡しましょう。図も描きます」

——その時だった。

前方から規律正しい足音と、甲冑のぶつかり合う音が響く。朝霧の向こうに、数騎の小隊が現れた。

白銀の紋を刻んだ鎧、槍先に揺れる旗。先頭の女騎士は馬上で二人を射抜くように見下ろす。長い銀髪が陽光を受けてきらめき、眼差しは氷のように冷たい。

「この先の森が消えたと報告を受けてきた。何か知らないか?」

その声に、騎士たちがぴたりと足を止める。

リリィが思わず一歩出た。

「……この人が、解決しました!」

女騎士の瞳が細められる。

「何? 消滅した森を……再生した、のか?」

周囲の兵士たちがざわめいた。

「森を戻すなんて……」

「そんなことできるわけ……」

ルークは一歩前へ出て、落ち着いた調子で名乗る。

「薬師のルークと言います。怪しい者ではありません。森は──元に戻しました」

女騎士は鼻で笑い、名乗った。

「セリア・ブレードハート。私は薬師を信用しない」

そして、刃より鋭い言葉を突きつける。

「薬師に救われた命などない。あるのは死と絶望だけだ」

リリィは慌てて首を振る。

「違います! 森を蘇らせたんです!」

「蘇りは摂理を歪める。代償は必ず来る」

セリアは一歩も引かない。

「必要だから作った。ただそれだけです」

ルークは声を荒げず、静かに返す。

「使い方は、僕が責任を持つ」

セリアの銀の瞳に、憎悪の炎が揺らめく。

「……私の弟も薬師に殺された。治すはずの薬が、命を削り取った。薬師の手に救済はない」

緊張が張り詰めたその時。

地を震わせる唸り声が、森の奥から響いた。赤い眼光が霧を裂いて浮かび上がる。

「魔物だ……!」

誰かが叫ぶ。

狼型の魔物の群れが、牙を剥いて突進。

「迎撃態勢を取れ!」

セリアの号令で剣が抜かれるが、数が多い。隊列が崩れかける。

リリィは負傷兵へ駆け寄り、聖印を掲げる。

「癒やしの光よ!」

温かな光が流れ、噛まれた腕の血が止まる。

「助かった……!」兵士が泣き笑いする。

ルークは腰の薬瓶を一本抜き、短く告げた。

「巻き込むかもしれない、下がってください!」

そして前方へ投擲。

轟音と閃光。爆炎が群れをまとめて呑む。

「ぎゃああああ!?」

近くの騎士が巻き込まれて派手に吹き飛んだ。

ルークは走って近寄り、肩を支える。

「すいません、距離を見誤りました。息は?」

「ぜ、全然大丈夫じゃねぇっす!でも……すげぇ爆発だ!」

本人が自分で脈を触りながら、半分笑っている。リリィがすぐ光で擦り傷を塞いだ。

セリアは爆炎を睨み、吐き捨てる。

「……これが薬師のやり方か。力任せに命を弄ぶ!」

狼は怯まず迫る。セリアが銀剣を振り、鋭い斬撃で数匹を落とすが、包囲される。

「セリア隊長!」兵士の叫び。

ルークは瓶の中で粉末と液体を合わせ、肩越しに声を飛ばす。

「目、閉じて!」

「何だと──」

「閃光薬!」

炸裂。白光が視界を焼き、狼が一斉によろめく。

「っ……!」セリアの目が見開かれる。その隙に彼女は包囲を抜け、剣を水平に払って進路を切り開いた。

感謝はない。ただ冷たい横顔のまま、戦場へ戻る。

戦場は爆炎と血の匂いで満ちるが、ルークの手は止まらない。次の瓶を軽く振ると、中の液体が赤く発光した。

「離れて」

ドンッ──炎柱が立ち、群れの半分が吹き飛ぶ。

最後の群れが一斉に突進。兵士が下がる。

「下がれ!」

ルークは両手で三本の瓶を同時に投げ放つ。

轟音、閃光、爆炎。爆発の連鎖が大地を揺らし、狼の影は霧散した。

「……あんな爆発見たことねぇ!すげぇ!」

「薬師の力は……狂気そのものだな」

セリアが低く呟く。怒りが刃より鋭い。

焼けた土と鉄の匂いがまだ残るが、呻いていた兵も、リリィの光で次々と立ち上がった。

「これで……全部、癒やしました」

リリィが掌を下ろす。

「聖女様、あんたがいなきゃ全滅だった……」

視線はすぐルークへ移り、複雑な色を浮かべる。畏怖、動揺、そしてほんの少しの感嘆。

セリアが剣を払って血を落とし、鞘に収める。

「借りは返す」低く告げ、「だが誤解するな。お前を認めたわけではない」

ルークは肩をすくめるだけで、強くは返さない。

「わかりました…」

その背を見て、リリィが一歩前に出る。

「ここに救われた命があります。どうか……それを否定しないでください」

セリアは振り返らない。長い銀髪を風に揺らし、ただ背を向けて歩き去る。

「弟……必ず、仇を討つ」

誰にも届かない小さな声が、彼女の唇から零れた。

残された静寂の中。

ルークは薬瓶に触れ、ぽつりと言う。

「……やっぱり、怖がられてるな」

隣でリリィが即座に返す。

「でも今日も、誰かが救われました」

彼女の声は小さいのに、不思議と強かった。

「私は見ました。森を戻したあなたを。だから私は信じます」

ルークはわずかに目を見開き、息を整える。

「……助かったのは、君の回復もあってだ」

「じゃあ二人で、これからも助けましょう」

二人は再び街道を歩き出す。夕陽に照らされた道は長く、王都へ続いている。

ルークの腰の薬瓶が、橙の光を柔らかく返した。揺れるそれを、今度は自分の手でたしかに押さえながら。


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