ピンク色のお姫ドレスを着た美優が少し離れた場所で悲しそうな顔をして立っている。
「パーティーがもうすぐ始まるのに、どうしてお兄ちゃんはここにいるの?」
しかも、あのくそ女を抱きかかえて。
美優の目の奥に嫉妬の色が浮かんだ。お兄ちゃんは潔癖症だから、彼女をどれだけ可愛がっていても、そんな風に抱きしめたことはなかった。
なのにどうしてあのくそ女ならいいわけ?
お兄ちゃんはいつも彼女のことが大嫌いだったはずじゃない?
智也は妹の様子を見て、心が痛んだ。
「兄さん、パーティーが始まるって。僕たちはホテルに向かおう」
「今日は美優の10歳の誕生日だぞ。父さんと母さんたちもホテルに着いたはずだ」
宏樹は「10歳」という言葉を聞いた瞬間、眉間にさらに冷たさが増した。
10歳?
ふん!彼の記憶通りなら、今日は詩織の10歳の誕生日でもあるはずだ。
しかし滑稽なことに、小川家の誰一人としてそのことを覚えていない。
腕の中の軽い少女の重さを感じながら、宏樹は再び心が痛んだ。
詩織も10歳なのに、どうしてこんなに軽いのだろう?
彼女は小川家で一体何を経験してきたのか?
どうしてここまで痩せているのか?
詩織は最後の力を振り絞って宏樹の腕から降りようとした。
「詩織、君は体が弱りすぎ。今すぐ病院に行こう、栄養剤でもつけてあげるから」
宏樹は急いで提案した。
しかしその言葉は詩織の冷ややかな嘲りを招いた。
「小川長男様、今日は何の芝居ですか?」
「どうか私めを下ろしてください。あなた様の手が汚れますから」
「なにせよ、小川若様にとって私は邪魔なゴミでしかないんですから」
宏樹の表情が凍りついた。最後の言葉は確かに以前彼が詩織に言ったものだった。
今になって返されて、初めてその言葉がどれほど人を傷つけるものだと分かった。
「詩織、ごめん。全部俺の過ちだった」
詩織の口元にはやはり嘲笑の笑みが浮かんでいる。
彼女は宏樹が本心から彼女に優しくしているとは思わなかった。
これまで心血を注いで宏樹に気に入られようとしても、相手が振り向いてくれることはなかったのだから。
きっと今回の宏樹の優しさも、美優に腹を立てているだけなのだろう。
智也はその言葉を聞き、信じられないという顔で兄を見た。
「兄さん、頭でも打たれたの?なんでその小娘に謝るんだよ?」
美優は悲しそうな表情で聞いた。
「お兄ちゃんはもう、美優のこと嫌いになったの?お兄ちゃんの心の中で、まだ美優を家族だと思ってくれてないってこと?」
美優の姿はこれ以上ないほど可哀想に見えた。
もし以前の宏樹だったら、間違いなく詩織を放り出して美優を慰めに行っただろう。
しかし彼はもう以前の宏樹ではなかった。
美優の醜い本性を見た今、どうして昔のままに、演技に惑わされることがあるだろうか?
「家族だと?俺の妹は一人だけだ。それは俺が抱えている詩織だ」
「どけ!詩織を病院に連れて行く」
小川家の使用人や執事たちは遠くからこの騒ぎを見ていた。
彼らの顔には疑問が満ちている。
長男様はどうしたのだろう?
どうして急に例の小娘にこんなに気を遣うようになったのか?
執事は突然不吉な予感がした。
もしかして長男様は何かショックを受けたのか?
そうだとすれば、彼らにとって良いことではない。
なぜなら、彼らはこれまで美優さんに気に入られようとして、意図的に詩織をいじめていたのだから。
もし長男様が本当に詩織の味方になったら。
彼女を妹として守るなら。
彼らに良い結果は訪れないだろう。
美優はその言葉を聞くと、涙がぱっと落ちた。
「お兄ちゃん、それはどういう意味?美優を唯一の妹にすると言ったじゃない?」
美優の手は肉に強く食い込むほど握りしめた。
しかし彼女の顔には少しの痛みも見せなかった。
その年でありながら、感情を隠すのが非常に上手かった。
しかしそれでも宏樹は彼女の動きを見逃さなかった。
なにせよ、宏樹はビジネス界で名を轟かせる小川社長だ。
一人の小さな女の子くらい、見抜けないことがあろうか?
前世の彼は本当に愚かで、美優の嘘の中に溺れていた。
そのせいで最後には家族全滅という結末を迎えることになった。
「唯一の妹?確かに以前はそう言ったかもしれない。あの時は頭がおかしかったと思ってくれ」
「今日から小川家の娘は一人だけだ。それは小川詩織だ」
宏樹の口調には拒否を許さない響きがあった。
執事はその言葉を聞いたら震え出し、声を出すこともできなかった。
下手なことをすれば、ばっちりを受けないかと恐れたままに。
智也は怒りに燃えていた。
「兄さん!この女は美優の物を盗んだんだぞ、それをないがしろにするのか!」
「しかも今の発言は何?美優を小川家から追い出す気?」
「美優は僕たち二人が見守って育ってきたんだぞ!」
「それに父さんも母さんも、こんなこと許すわけないだろう?」
宏樹の眼差しには氷のような冷たさが満ちていた。どうやら自分の弟はまだ前世の嘘に囚われているようだ。
「彼らが許すかどうかは別の話だ。俺の心の中では詩織という妹しかいない」
「それに、詩織が彼女の物を盗んだとか言ってるが、いったい詩織が何を盗んだというんだ?」
美優はこの質問を聞いて、表情が少し動揺した。
智也はすぐに答えた。
「母さんが美優にプレゼントしたティアラだぞ!」
「南アフリカから取り寄せたピンクダイヤモンドで作られたものだ」
「世界に一つしかないぞ」
智也がそう言いながら、憎悪の眼差しで詩織を見ていた。
彼にはこの小娘が魔法でも使えるのかさえ思った。
兄をここまで変えてしまうとは。
しかしどうあれ、誰も美優をいじめることは許さないつもりだった。
宏樹は頷き、顔に何の表情を見せなかった。
「俺の記憶が間違っていなければ、そのティアラはずっとクローゼットルームに置かれていたはずだな?」
小川家の愛娘として、美優には当然専用のクローゼットルームがあった。
「小川家のクローゼットルームにはすべて監視カメラが設置されているはずだ。手癖の悪い使用人を防ぐためだったな」
「まさか今になって役立つとはな」
宏樹は冷たく美優を見た。
彼はかすかに前世でもこんな出来事があったことを思い出した。
しかし、当時は誰も監視カメラのことを持ち出さなかった。
必要ないと思っていたからだ。
心優しく純真で可愛い妹が嘘をつくはずがない、と思ったからだ。
しかしあの田舎から来た小娘は違う。
悪知恵が働いてもおかしくない。
それを思うと宏樹の心は罪悪感でいっぱいになった。
彼は詩織の髪を撫でた。
「詩織、安心して。兄ちゃんは必ず真実を明らかにするから」
しかし詩織は顔を背け、表情は冷淡で無関心だった。
「どんな芝居なのかよくわかりませんが、真実なんて気にしてませんから」
「どうせこれまで、私に散々汚名をかぶせたんでしょう?」
腕の中の少女の嘲笑的な表情を見て、宏樹は心臓が痛みで引き裂かれそうなのを感じた。
詩織は本当にひどく傷つけられたようだ。
いくら優しい言葉をかけても、詩織の傷への償いにはならない。
だから彼は行動で証明する。詩織に自分が本当に後悔していることを証明する。