第2話:屈辱の再会
雫の全身が震え始めた。
蓮の視線が、まるで氷の刃のように彼女を貫いている。五ヶ月ぶりの再会は、最悪の形で実現してしまった。
「雫……」
低く呟かれた名前に、雫は反射的に後ずさりした。しかし、蓮の手が素早く彼女の手首を掴む。
「どこへ行く?」
「あの、お客様、私は仕事中で……」
「仕事?」蓮の唇が嘲笑的に歪んだ。「そうか、今度はホテルで働いているのか」
綾香が興味深そうに立ち上がった。
「蓮、この人は?」
「昔の知り合いだ」蓮は雫の手首を掴んだまま答えた。「せっかくだから、一緒に座らないか?」
それは質問ではなく、命令だった。
雫は首を振った。
「申し訳ございませんが、他のお客様への対応が……」
「白雪さん」
マネージャーの声が背後から響いた。彼は蓮を見て、慌てたように頭を下げる。
「月城様、何かご不便をおかけしましたでしょうか?」
「いや、彼女に少し話があるだけだ。しばらく席を外してもらえるか?」
「もちろんです。白雪さん、月城様のお話を伺いなさい」
マネージャーの言葉に、雫は絶望的な気持ちになった。給料を失うわけにはいかない。治療費のために、この仕事は絶対に必要だった。
蓮に引かれるまま、雫はテーブルに着席した。
「紹介しよう」蓮が綾香に向かって言った。「白雪雫。俺の元恋人だ」
綾香の目が興味深そうに光った。
「あら、あの有名な……」
「そう、金のために俺を捨てた女だ」
蓮の友人が口笛を吹いた。
「へえ、これがあの冷血女か。随分と落ちぶれたじゃないか」
雫は何も聞こえなければいいのにと願った。しかし、彼らの残酷な言葉は確実に彼女の心を刺し続けた。
蓮が立ち上がり、美しいベルベットのケースを取り出した。
「綾香、君へのプレゼントだ」
ケースが開かれると、息を呑むほど美しいブルーダイヤモンドのネックレスが現れた。
「まあ、素敵!」綾香が歓声を上げた。
蓮が彼女の首にネックレスをかけてやりながら、雫を見た。
「昔、安いネックレスを贈ったことがあったが」彼の声は氷のように冷たかった。「たった数百円の偽物だった。本物はこういうものだ」
雫の胸が締め付けられた。
あのペンダント——蓮が手作りで贈ってくれた石のネックレス。彼女が命懸けで守り、聴力を失う原因となった大切な思い出の品。それを彼は「安い偽物」と呼んだ。
静かに涙が頬を伝った。
「あら、泣いているの?」綾香が嘲笑的に言った。「婚約のお祝いに、一杯いかが?」
ワイングラスが雫の前に置かれた。
「いえ、私はお酒が……」
「体調が悪いのか?」蓮が割り込んだ。「それとも金が欲しいだけなんだろ?」
彼の目に怒りが燃えていた。
「昔からそうだったな。金のためなら何でもする。バーで働いていた時も、客に酒を飲まされていたじゃないか」
雫の心臓が止まりそうになった。あの時、彼女がバーで働いていたのは蓮の手術費のためだった。しかし彼はそれを知らない。
「飲めば二十万円やる」蓮が札束をテーブルに叩きつけた。「どうだ?」
雫は震える手でワイングラスを取った。二十万円。治療費の一部になる。
プライドなど、もうどうでもよかった。
一気にワインを飲み干すと、蓮の目に嘲りが浮かんだ。
「よし、ならくれてやる」
彼は立ち上がり、札束を手に取った。
「これはご褒美だ」
札束が雫の顔に叩きつけられた。紙幣が宙に舞い、床に散らばる。
雫は黙って立ち上がり、一枚一枚拾い始めた。
膝をついて、床に散らばった紙幣を集める姿を、蓮は冷たい目で見下ろしていた。
最後の一枚を拾い上げた時、雫の心の中で何かが音を立てて壊れた。