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第1話:結婚三周年記念日の裏切り
[氷月(ひづき)詩(うた)の視点]
今日は私たち夫婦の結婚三周年記念日。
レストランの広々とした個室に足を踏み入れた瞬間、私の心臓が止まりそうになった。
蓮(れん)が片膝をついて、暁(あかつき)刹那(せつな)に指輪を差し出している。
「刹那、僕と結婚してください」
周りにいる友人たちが手を叩いて盛り上がっている。
「やった!ついに告白した!」
「罰ゲームとはいえ、本気度が違うよね!」
「結婚してても刹那のことが好きなの、みんな知ってるんだから!」
罰ゲーム?
でも、蓮の表情は真剣そのものだった。刹那も頬を染めて、まるで本当のプロポーズを受けているかのように見える。
私の存在に気づいた友人たちが、慌てたように口を押さえた。
「あ、詩ちゃん……」
一人、また一人と、そそくさとその場を離れていく。
「蓮」
静かに声をかけると、蓮がゆっくりと振り返った。
「詩か。遅かったじゃないか」
まるで何事もなかったかのような口調。
「今のは何?」
「見ての通り、罰ゲームだよ。そんなに目くじら立てることか?」
お腹の中の赤ちゃんが三ヶ月になったばかりなのに、こんな光景を見せられるなんて。
今日は私たちの記念日なのに。
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暁刹那が詩に近づいてきた。その顔には申し訳なさそうな表情を浮かべているが、どこか計算されたような印象を受ける。
「詩さん、ごめんなさい。でも本当にただの罰ゲームだったの。蓮くんが私のことを好きだって噂があるから、みんながからかっただけで……」
刹那の言葉は謝罪の体を取りながらも、巧妙に蓮の気持ちを強調していた。
その時、刹那が詩の前に置かれていたお茶に手を伸ばした。まるで詩がそれをはねのけたかのように見せかけて、わざと自分の方に倒れ込む。
熱いお茶が刹那の腕にかかり、彼女は小さく悲鳴を上げた。
「痛い!」
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[氷月詩の視点]
「刹那!」
蓮が駆け寄って刹那を抱きかかえる。
私は何もしていない。ただそこに立っていただけなのに。
「詩!何をしたんだ!」
蓮の怒声が個室に響く。
「私は何も……」
「妊娠してるのにそんなことして、もしお腹の子に罰が降りたらどうするつもりだ!」
その言葉が胸に突き刺さった。
この女を慰めるために、自分の子供まで呪うなんて。
蓮は刹那を抱いたまま個室を出ていこうとする。
「待って!」
追いかけて袖を掴む。
「今日は私たちの記念日でしょう?」
階段の踊り場で蓮が振り返った。その目には冷たい怒りが宿っている。
「私は刹那さんに触れてもいない。なのにどうして……」
「まだ言い訳するのか!どけっ!」
蓮の手が私の肩を強く押した。
体勢を崩した私は、階段の縁でバランスを失う。
妊娠三ヶ月のお腹を庇おうとした瞬間、重力に引かれて階段を転げ落ちていく。
最後に見えたのは、刹那の唇に浮かんだ、ほんの一瞬の笑みだった。