第8話:絶望の診断
「彩花!彩花!」
響の絶叫が病院の中庭に響いた。
地面に叩きつけられた彩花の身体は、まるで壊れた人形のように不自然に折れ曲がっている。血が頭部から流れ出し、白いコンクリートを赤く染めていく。
響は膝をついて彩花の傍らに駆け寄った。震える手で彼女の頬に触れる。
冷たい。
あまりにも冷たすぎる。
「嘘だろ……嘘だと言ってくれ……」
響の声は掠れていた。彩花の手を握りしめるが、その手はもう温もりを失っている。
「先生!先生!」
看護師たちが慌てて駆けつけてきた。医師が彩花の脈を確認し、瞳孔の反応を調べる。
「すぐに手術室へ!」
医師の指示で、彩花が担架に乗せられる。響は血まみれの手で担架にすがりついた。
「頼む……死なないでくれ……」
手術室前の廊下。
響は壁に背中を預け、両手で顔を覆っていた。彩花を乗せた担架が手術室の扉の向こうに消えてから、もう二時間が経っている。
「響兄……」
咎音が心配そうに声をかけた。しかしその瞳の奥では、別の感情が渦巻いている。
(ついに……ついにあの女が死ぬ)
咎音の胸の内で、歓喜の炎が燃え上がっていた。
(これで響兄は私のものになる。邪魔な女はもういない)
「大丈夫よ、響兄。彩花姉はきっと……」
咎音は慰めの言葉を口にしながら、内心では彩花の死を確信していた。あの高さから落ちて、生きているはずがない。
手術室の扉が開いた。
主治医が疲れ切った表情で現れる。響は立ち上がり、医師に詰め寄った。
「彩花は……彩花はどうなんだ!」
医師は重い口を開いた。
「四肢の粉砕骨折、内臓破裂、そして……脳への深刻なダメージがあります」
響の顔が青ざめた。
「それは……つまり……」
「現在も意識不明の状態です。正直に申し上げて、予断を許さない状況です」
医師の言葉が、響の心を氷のように凍らせた。
手術室のランプが点灯し、扉が固く閉ざされる。響は完全に外部へと遮断された。何もできず、ただ待つしかない。
その無力感が、彼の胸を締め付けた。
「響兄……」
咎音が響の袖を引いた。
「あまり自分を責めないで。彩花姉の選択だったのよ」
咎音の声は優しく響いたが、その内心では勝利の美酒に酔いしれていた。