一番の重症者は個室にいた。
怪我人の治療を終えると、アンスルはすがるような目をして俺を屋敷の一室に案内した。
狭く、家具の少ない簡素な部屋。そのベッドの上に、傷だらけの女性が眠っていた。
「…………」
「彼女はエミリ。私に唯一着いてきてくれた侍女です。魔物が攻めてきた時、私を庇って多くの怪我を負いました」
エミリは苦しそう様子で目を閉じている。少なくとも、顔に傷はない。
「傷は私ができる限り治したのですが、ゴブリンの矢に毒が塗られていたのです……」
そういうとアンスルはそっと手を動かし、エミリの傷を見せてくれた。
傷のないふくらはぎが紫色になり、太もものように膨らんでいる。
『傷の治癒と解毒は別のジャンルです。恐らく、アンスルには癒しきれない種類の毒だったのでしょう』
「このままだとどうなる?」
『明朝には亡くなります』
既に日は落ち、時刻は夜に近い。
エミリに手をかざし、インフォに頼む。この体でできないはずがない。
「治療を頼む」
『了解。第二級解毒魔法、行使』
手の平が輝くと、わかりやすいくらいにエミリのふくらはぎが正常な状態に戻っていく。
時間にして数秒で、解毒の魔法は行使完了した。
「……姫様?」
ゆっくりと目を開いたエミリの第一声は、主に対してのものだった。
「ああ! 良かった! エミリ! エミリ! ありがとう、ヴェル!」
アンスルの反応は素直なものだった。病み上がりの侍女に抱きつき、涙を流す。笑みを浮かべ、俺に向かって何度も礼を述べる。
「私は……助かったのですか? ひっ」
室内に佇むロボに気づいたエミリは短い悲鳴をあげる。それはそうだろうね。
涙を指で拭い取りながら、アンスルが説明する。
「彼はヴェル。私が目覚めさせた守護者よ。やっぱり、伝説は本当だったのよ」
「伝説は本当だったのですね……! では、魔物の群れは?」
「全部、ヴェルが倒してくれたわ」
「避難した怪我人は?」
「私とヴェルで治療したわ」
「あぁ……なんという奇跡でしょう。ヴェル……ヴェル様、姫様に仕える者として、私からもお礼を……」
ベッドで上半身を起こしたまま、深く一礼するエミリ。とりあえず、軽く手を振って答えておく。
「ヴェルはね。言葉を喋れないの。でも、聞こえてはいるみたい。それと、私はなんとなく何を考えているかわかるわ」
「まさしく、王家の血筋によるものですね。こうしてはいられません、せめて後片付けの手伝いを……」
ベッドから降りようとするエミリを、アンスルと俺が慌てて止める。治したとはいえ、病人は安静にしていて欲しい。あと今王家って聞こえたな。なんか凄い所に来てしまった気がしてきた。
「今は大人しくしていなさい。これから、忙しくなるのだから」
「しかし……」
「大丈夫。ヴェルが力を貸してくれる。それに、私は決めたの。出来ることを全部やってしまおうって」
大きな声ではないけど、力強い口調だった。夕日が差し込む狭い室内で、侍女に向かってアンスルは胸を張って宣言する。
「私、このエリアナ村を立て直すわ。慕ってくれる人達を護る領主になる」
陽光にきらめく彼女の姿は美しく、ドラマか映画のワンシーンのようだった。
俺はアンスルのことをよく知らない。だから、今の発言がどれほどの意味を持つものかはわからない。
しかし、エミリは違うようだった。彼女は涙を流し、主人に頭を下げる。
「この短い時間で、別人のようになられましたね。それでこそ、私の姫様です」
「落ち込むのはこれでおしまいにするわ。忙しくなるもの」
「このエミリ、命の限りお供します」
後でアンスル達の事情はしっかり聞いたほうがいいな。絶対訳アリだ。
『今後も彼女の手助けを致しますか? 何かしらの事情を抱えていると推察します』
「俺を呼び起こしたのは彼女だ。外のあれを見て放っておくわけにもいかないよ」
少なくとも、悪人じゃなさそうだしな。これで見捨てるなんて、あまりにも後味が悪い。……そもそも、管理者はアンスルだから逃げられないだろう。
突然参入した部外者だけど、頑張らせてもらおう。二度目の人生は、異世界領主を護るロボ。悪くない。
静かに抱き合う主従を見ながら、そんなことを思うのだった。
●
さしあたって、急ぎの仕事をすることにした。
エリアナ村の周りにある木の防壁。丸太を組み合わせた頑強なものだが、大分破損している。
なので、アンスルに新たな防壁の制作を申し出た。
外には夜の帳が落ちて暗い中、俺はアンスルを伴って、村の門付近にいた。
ちなみに屋敷の方では避難した人々が夕食の準備を始めている。危機を乗り越えて安心したが、明日からの日々への不安が見え隠れする。そんな様子だった。
「えっと、ヴェル。防壁ってどうするのかしら? 今から木を切りに森にいくのはやめてほしいのだけれど」
確認のために同行したアンスルが言う。
「インフォ、やるぞ」
『了解。土魔法の応用を行使します」
村の外、木の防壁から少し離れた場所で魔法を行使。対象は土だ。すぐさま効果が現れ、地面が盛り上がる。数秒で高さ三メートル、幅一メートル、長さ三メートルほどの土壁が完成だ。
「凄いな……」
『この程度、魔法のうちに入りません』
インフォがどこか自慢げに言った。支援システムだけど、人格を感じるな。
「凄いわ! これ、まるで鉄のよう。土壁を作る魔法は知っているけれど、こんな強度は出ない……」
土壁……というかもう城壁だな。それを叩きながらアンスルが言う。俺以上の驚き具合だ。
『建築用の魔法の応用です。通常、ここまでの強度は出さないのですが、戦闘を想定しております』
この体を作った文明は本当に凄いな。そして頼りになる。
まずは、村の周りの防壁だ。防御を固めれば、みんな少しは安心して眠れるだろう。
これを村の周辺に設置したい。門の所だけは開けておいて、後付で頑丈なのを追加しなきゃだけど。
「わかったわ。でも、ヴェルは大丈夫なの? こんな大きな魔法を使えば消耗すると思うのだけれど」
『この魔法による魔力消費量は微量です』
大丈夫らしいので、頷いて伝える。
ついでに、夜に外出しっぱなしというのは危険なので、屋敷の中にいて欲しい。
「私は屋敷に? そうね……、ここはヴェルにお願いするわ」
村人やエミリのことを考えたんだろう。アンスルはすぐに了承してくれた。今、彼女がすべきは俺の作業を見守ることじゃない。領民に寄り添い、今後のことを考えて貰わないと。
「よし、やるぞ」
『了解』
アンスルを屋敷に送り届けてから、城壁づくりの作業に入る。時間としてはすぐだ。数秒で城壁を生み出す作業を続ける。エリアナ村は小さい。木製の外周は一キロメートルくらいで、それから少し離れた位置にどんどん建築していく。
二時間ほどで作業は完了した。出入り口の門だけが木製でアンバランスだが、仕方ない。
「門もこの魔法を固めておけるか?」
『できます』
できた。破城槌で壊れかけてるよりは大分マシになった。
屋敷に戻りながら、エリアナ村の様子を確認する。街灯がないので真っ暗だが、そこは問題ない。ロボなので。
土の地面、ボロボロの粗末な木造の家。村の中央には共同らしい井戸。屋敷の近くに、これまた共同らしい炊事場。それと倉庫。
唯一、領主の屋敷だけが場違いなくらい立派だ。これは、俺が眠っていた遺跡に合わせて作られたからだろう。
「ここを賑やかにできるかな」
『それは、貴方とアンスルの手腕次第でしょう。私も全力で協力します』
優しいが力強い言葉を聞いて、俺は人々の待つ屋敷へと戻った。