セキュリティチェックの列に並んでいるとき、私の電話が鳴った。
「智子、一人で先に帰っていてくれ。美咲のお腹の調子が良くないんだ。誠一は今日帰ってこられないから、弟として兄の嫁を世話する必要がある」
「そもそも美咲が具合悪くなったのは君が手を出したからだ。少し理解してくれないか?」
私の心は波一つ立たず、むしろ笑いたい気分だった。
「うん」
私の返事を聞いて、電話の向こうの佐藤光男は明らかに安心したように息をついた。
「僕の智子がいつも最も理解があると思っていたよ。今日君に怒鳴ってしまって、僕も悪かった。秘書に君の大好きな刺身を届けさせたから、たくさん食べてね」
「あ、それと、記念日のプレゼントに絵を描いたんだけど、渡すのを忘れてた」
「明日持って帰るよ。君はずっと僕に絵を描いてもらいたがっていたよね?明日見たら、きっと驚くよ」
佐藤光男の最後の言葉で、私の思考は家に帰ったときのことに引き戻された。
書斎でサインペンを探していたとき、部屋の隅にある木箱を見つけ、彼が秘書と話していた夜、この木箱を見ていた優しい眼差しを思い出した。
私はこの箱を開けたことがなかったが、今日、なぜか開けてしまった。
中には一枚一枚の油絵があり、描かれているのはすべて同じ人物だった。
各絵の右下には、彼がその日の気持ちを書き込んでいた。
少し生硬な絵の下には:5歳の美咲、童話から出てきたお姫様のよう。
表現豊かなスケッチの下には:13歳の美咲、目には兄さんしか映っていないようだ。
鮮やかな油絵の下には:18歳の美咲、兄さんと恋に落ちた。
絵も内容も。
これらの絵は全て、佐藤光男の中島美咲への愛が、私が思っていたよりもずっと長く、深いものだったことを物語っていた。
佐藤光男は幼い頃から絵を学び、未成年の頃には個展を開いたほどだ。感情を筆に託すことは、私にとって非常にロマンチックなことだった。
私は何度も彼に私の肖像画を描いてほしいと頼んだ。
そのたびに、佐藤光男は申し訳なさそうに私を抱きしめて言った。
「仕事が忙しくて。それにカメラがあるのに、今時誰が肖像画を描くんだい?古臭いよ」
でも今わかったのは、仕事が忙しいわけでも、古臭いわけでもなく、ただ私がその愛に値しないというだけだったのだ。