その日は朝から雨だった。
街の空は暗く、湿った空気は人々を不安にさせ、空は今にも落ちてきそうであった。
雨が降るのは珍しいことではない。しかし、街の住人はその鼠色の空から目を離すことができなかった。
スコールと稲光の中、何者かが外を歩いていたのだ。風速数十メートル、横殴りの激しい雨である。歩くのはもちろん、這うのすら容易ではない。
しかも、その人数は一人や二人ではない、数十人はいるようだ。皆、フードで顔を隠し、不気味さに拍車をかけている。
幸いなことと言えば、異様な者達は住民には危害を加えることはなかったことだ。
住民達はドアを固く閉め、雨と雷と共にそのもの達がいなくるのを朝まで待ちつづけた。
翌朝、街外れの森に一つの繭ができていた。四方を固く結ばれた繭の中心には人一人が入れるほどの塊がある。繭の中を見ることはできないが、中は薄っすらと透けており、ぼんやりと光っている。
雨が止むと巡回を再開していた兵の一人が突如現れた繭の存在に気付く。
「な、何だこれは!?」
あまりの異様さに一歩後ろへ足を下がる兵士。しかし、自分の職務を思い出したのか重い脚をゆっくりと前へと出す。
「ま、魔物か? しかし、近年この街で魔物が街で出たとは聞いたことはない」
恐る恐る兵が手に持っている槍の穂先で繭の光る部分を突いてみる。
「な、これは!」
見た目はすぐに貫通しそうな白い繭、しかし、予想に反して槍の穂先が弾き返される。貫通することのない分厚い布を刺しているような感触だ。
続いて大上段に構え思いっきり斬りつけてみるが再び槍は弾き返され、兵はたたらを踏んで後ろへ腰を落とす。
繭は何の影響もなくその場で静かに明滅している。
「俺でどうにかできるものではなさそうだ。これは上官殿に見て確認してもらうしかないか……」
兵は冷や汗を掻きながら踵を返して足早にその場を後にした。
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詰所
巡回をしていた兵と同じ装いをしている者が数人。部屋では調書を作成する者や武器の手入れをする者、壁際によりかかり談笑をかわす者まで様々である。
その中で一際体の大きい兵が外を睨みつけていた。握られた拳には血管が浮かび、合金で作られた鎧の節々からは鍛え上げられた筋肉が覗く。
「遅い、巡回の兵はいつ報告にあらわ――」
「上官殿! 上官殿!」
戻ってきた兵が扉を乱暴に開け部屋に駆け込むと、息を切らせながら森の中で見つけた奇妙な繭の報告をする。しばらく静かに話を聞いていた上官は血の気の多い表情を青くして巡回の兵に質問した。
「確かにお前は明滅する白い繭を見たというのだな?」
「は、はい。確かに見ました」
「槍で突いても傷一つ付かず、斬れば弾き返される。繭は明滅し、突然現れた。間違いないな?」
「はい。酷い雨が上がり、巡回に戻ったところで繭を見つけました。間違いありません」
「なんと……」
上官は口を閉じ、青白くなった顔色を更に薄くしてゆっくりと口を開く。
「忌物だ……なんでこのような街に……」
「い……ぶつですか?」
「聞いたことはないか? 数十年前に突如として消えた都市国家ポンタゥス。滅びた前夜にこのような繭ができたと生き延びた住人が証言している」
「えっ! ということは?」
「当時の住人から直接話を聞いたわけではない。しかし、何かが起きてからでは遅い。冒険者ギルドに報告をし、早急に結界術を張れる者に対処してもらうのだ!」
「は、はい!」
兵が悲鳴に近い声を開けると上官の話も聞かずに扉から飛び出す。
「いや、ちょっと待て! 私も行く!」
顔色の戻っていない上官が兵に続いて部屋を飛び出す。残された兵たちは目を丸くして今起きた一連の出来事をゆっくりと理解しようとしていた。
そんな中、奥の談笑をしていた兵の一人が声を潜め、横の兵に囁く。
「面白そうな話しじゃないか。地下オークションにかければ、いい値がつくぞ」
「ヒヒッ。俺にも一枚噛ませろよ。いい伝手があるぜ!」