昨日は大雪だった。風はほとんどなく、路面に積もった雪は吹き払われることもなく、車輪に何度も踏み固められて、今朝には半尺ほどの黒い泥が道に溜まっていた。
俊介はまず弟を幼稚園に送ってから家を出たため、バスに乗るのが少し遅くなってしまった。
この時間帯のバスは学生でいっぱいになるが、俊介の通う学校の生徒はそれほど多くない。
なにしろ、あの私立に通うためには高額な学費が必要で、俊介のように試験で入学し、学費免除を受けている者はごくわずかしかいなかった。そんな学費を払える家の子は、真冬に震えながらバスを待つことなどほとんどないのだ。
バスの中で俊介は単語帳を取り出した。いつもポケットに入れていて、時間があれば少しでも覚えるようにしている。
車内のどこかで誰かが肉おにぎりを食べていて、匂いが漂ってきた。朝食を抜いてきた俊介の胃が、急に空っぽになったように感じられる。
雪道のせいでバスはなかなか進まず、学校の最寄りに着いたときには、すでにチャイムまで残り三分。
後方から「シュー」と空気が抜ける音がして、ドアがのろのろと開く。俊介は飛び降りるようにして外に出た。
急がなければならない。
遅刻が見つかれば、校舎の玄関ホールにある警備室の前に立たされ、朝の自習が終わるまでそこにいなければならない。先生や通りかかる生徒たちの視線にさらされるのが俊介はとても苦手だった。手の置き場も、目のやり場もなくなるのだ。
だが、この日はついていない。どうしても間に合いそうにない。
バスを降りた瞬間、背後から自転車が勢いよく突っ込んできて、運転していた中年が「おいおい!」と叫ぶ。俊介は慌てて避けようとしたが、結局ぶつかってしまった。
側門から校門をくぐるころには、制服の片側が泥にまみれ、鞄までもが濡れていた。手で払おうとしたが、かえって汚れが広がり、雪水で手も冷たく痛む。
校庭を横切りながら俊介は思った。
――今日は遅刻で立たされるだけじゃない。この泥だらけの姿で、皆の前にさらされることになるんだ。
胸の奥で小さくため息をつく。避けたいことほど、避けられない。
「チビ眼鏡!」
背後から声が飛んできた。聞き慣れた声に心臓がぎゅっと縮む。それでも反射的に振り返ってしまう。
「おい、転んだのか?」
キャップをかぶった男子がガムを噛みながら、ゴミ箱を抱える二人と並んで歩いてくる。その言葉にはどこか小馬鹿にした調子が混じっていた。
「泥まみれじゃん。野良犬みたいだな。」
俊介は立ち尽くし、唇を噛んで黙っていた。
「転んだのか?」
隣の背の高い男子が横目で見ながら問いかける。
三人の中で俊介が一番苦手ではないのがこの男子だった。残りの二人は怖い。最初はこの男子のことも怖かったが、今は席が近く、毎日のように顔を合わせるせいで慣れてしまった。
「……うん。」
俊介は小さく答え、俯いたまま三人が近づいてくるのを聞いていた。
「しかも遅刻かよ。これじゃお前、このままの格好で玄関に立たされるな。一時間もしたら水びたしだぞ。」
キャップの男は相変わらず気怠げな調子で言う。
俊介の瞼はますます重くなり、心のどこかで――いっそこのまま外で立っていた方がいいかもしれない、とさえ思った。
「なあ、兄貴って呼んでみろよ。そうしたら仁野が連れてってやるぜ。」
またキャップの男が口を開く。
俊介はちらりと彼を見たが、やはり口を閉ざしたままだった。
「ならそのまま迎賓役だな。泥水滴らせながら立ってろよ。」仁野は笑い、ガムを音を立てて弾ませる。
「くだらねえ。」
端にいた白いジャケットの男子が一言吐き捨てる。
「じゃあさ、代わりにこいつを呼んでみろ。」仁野は顎をしゃくり、白いジャケットの男子を示した。「航平って呼べば、連れてってくれるかもな。」
俊介は反射的に視線を上げたが、白いジャケットの男は彼を見ようともしなかった。俊介はすぐに目を逸らし、最後に中間にいる、最も親しい男子を見て、小さく「弦生」と呼んだ。
弦生はゴミ箱の蓋を持ち上げ、顎で合図する。俊介はすぐに理解し、鞄を外して中に放り込んだ。
中は空ではなかった。仁野の鞄も入っていた。
仁野自身も遅刻しそうになり、理科クラスの二人を呼び出してゴミ出しに付き合わせ、その流れで一緒に校舎へ入ろうとしていたのだ。
俊介は三人の後ろをちょこちょことついていく。背丈は十センチ以上も低く、まるで小さな尻尾のようだった。
「ゴミ箱一つで四人か?」
遅刻を取り締まる教頭が一瞥する。
俊介の体がびくっと震えた。仁野は「へへ」と笑い、「はい、米谷先生! 今週は僕らのクラスが当番なんですよ」と軽口を叩く。
「お前ら、クラス違うだろうが。勝手に言うな。」
教頭は鼻を鳴らし、しかしそれ以上は追及しない。
「ありがとうございます!先生こそお疲れさまです!」
仁野は相変わらず軽薄に笑う。
「さっさと行け!」
教頭は彼を睨み、手で追い払った。
俊介は頭を上げられず、そそくさと三人の後をついていく。教室のある階に着くと、泥まみれの制服を脱ぎ、ゴミ箱から鞄を拾い上げた。仁野はもういなかった。
俊介は俯いたまま、弦生と航平に「ありがとう」と小さく告げた。
「気にすんな。中へ行け。」
誰の声だったのかは分からない。淡々としたその響きに、俊介の心はまた強く緊張した。声が低く、どちらのものか判別できなかったのだ。