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夜中に激しい雨が降り、唸るような風の音が静かな眠りを破った。
翌朝、雨は上がり、窓の外の新緑は滴るようで、朝日とともに今日が良い天気であることを予感させた。
岩井詩織(いわい しおり)はベランダに立っていた。初春の風はまだ冷たさを帯びていたが、彼女は薄い病院着姿のままで、ぼんやりとした表情をしていた。
彼女の世話をする看護師が扉を開け、この様子を見て慌てた。「岩井さん、早く戻ってきてください。風邪を引いてしまいますよ」
詩織を部屋に連れ戻すと、看護師はトレイに載せた薬を渡した。詩織は一瞥もせず、すべての薬を一度に飲み込み、眉ひとつ動かさなかった。
看護師は少女の顔中に広がる赤い発疹を見つめた——これは新薬の副作用で、発疹だけでなく関節に激しい痛みももたらしていた。
実際、詩織が病気で入院した三年間、持続的な発熱、感染症、視力低下、激しい頭痛などの症状が次々と現れたが、少女は一度も痛みを訴えず、その強さに胸を痛めるほどだった。
看護師は心配そうに言った。「宮沢さんが今朝早くお迎えに来るとおっしゃっていましたよ。この数日間は特に体調に気をつけてくださいね」
この三年間の病気で、詩織の体のあらゆる数値が改善し、ようやく退院できるようになった。
詩織は看護師に丁寧にお礼を言ったが、彼女の表情は静かで落ち着いていた。
彼女は看護師が彼女のために喜んでいることを知っていた。しかし今日は、本当に喜ぶべき日なのだろうか?
詩織が午後まで待ってようやく届いたのは、看護師からの通知だった。父親の宮沢景一(みやざわ けいいち)が今日、交通事故に遭い、来られなくなったという。
看護師はそう伝える時、申し訳なさそうな表情を浮かべ、少女がきっと落胆しているだろうと思い、自ら慰めの言葉をかけた。明日には景一が必ず来るだろうと。
詩織はしばらく考えてから言った。「自分で退院してもいいですか?私はもう成人しています」
実は今日を過ぎれば、彼女は満18歳になっていた。
看護師は一瞬戸惑ったが、それでも安易に許可するわけにはいかなかった。「医師に確認してきますね。」
彼女が立ち去ると、詩織は長い間かけていなかった電話番号をダイヤルした。「叔父さん、家に帰りたいの。誰かに迎えに来てもらえますか?」
電話の向こうで慌ただしい音がしたあと、岩井信之(いわい のぶゆき)の歓喜とも言える声が響いた。「もちろんだ、もちろん!」
信之が国内にいなくても、30分後には岩井家から派遣された車が建物の下に停まっていた。
詩織は車の中から後退していく街の景色を眺め、少し恍惚とした表情を浮かべていた。
入院してから三年ぶりに病院を離れ、この喧騒と活気に満ちた世界に戻ってきた。空気の中の一つ一つの息遣いが、自由の味がするかのようだった。
彼女は昨夜見た夢を思い出さずにはいられなかった。夢の中で感じた落下する感覚が今でもリアルに残っていて、思わず腕を抱きしめた。
--身近で愛する人に騙され、追い詰められて飛び降り自殺する夢を誰が見たって、平静ではいられないだろう?
最近の一週間、詩織は同じ夢を何度も見て、何度も高層ビルから飛び降りていた。
夢の中で、彼女がいる世界は身代わりの逆転劇を描く小説だった。
彼女は虚弱げな忘れられない初恋であり、悪女の配役でもあった。
小説の主人公・田中香奈(たなか かな)は貧しい山村から来た村娘で、詩織とそっくりな顔立ちのため、詩織の父・宮沢景一に引き取られ、詩織の身代わりとされていた。
詩織に密かな想いを寄せていた天才たちも、彼女を手に入れられず、香奈を利用しながら愛憎入り混じる態度をとっていた。しかし次第に香奈の優しさ、善良さ、自立心に惹かれ、ある日突然目覚めたかのように香奈を支え、彼女を全国的なスターへと押し上げていった。
それに対応するように、詩織というこの才気煥発なお嬢様は、対照組として生き、内心の醜さを暴露し、完全に塵芥に落ちぶれた。
最後には、かつて彼女を慕っていた人物に顔を傷つけられ、28階建てのビルから飛び降りるのだ。
……
この展開は毒としか言いようがなく、詩織はしばらく信じることができなかった。
しかし今日の景一の不在は、まるで平手打ちのように彼女の顔を強く打った。
彼女は夢の中のように、景一が迎えに来るのを受動的に待つことはできなかった。そのため、信之に連絡したのだ。
家に帰って、この状況がどうなっているのか確かめたかった。
——
3時間後、車は高級住宅街に到着した。
自宅の庭には明るい装飾が施され、特別に飾り付けられていることがわかった。
詩織は一瞬黙り込むと、門の指紋認証ロックに触れたが、未登録というメッセージが表示された。
詩織は指紋認証ロックを見つめた。確かにこれは自分が以前改造したものだった。その性能は最高級で、システムエラーなど起きるはずがない。
彼女はパスワードを試してみたが、パスワードが正しくないと表示された。
そのとき、3階建ての邸宅内では。
小林昭彦(こばやし あきひこ)は赤ワインのグラスを手に、二階のバルコニーにもたれかかり、楼下の怪しい影を冷たく見下ろしていた。
使用人を呼び寄せて言った。「楼下の女を追い出せ。ここは彼女が来る場所じゃないと警告しろ」
彼の表情は良くなく、付き添っていた阿部大輝(あべ だいき)も少し怯えて、使用人に小声で言い含めた。
「どこのしきたりもわからない連れの女伴だろうよ、追い出せばいいんだ。あまり少女を困らせるなよ」
使用人が出て行くと、彼は昭彦の方を向き、にこやかに言った。「まあまあ、小林若旦那、怒らないでよ。香奈を心配して、格の低い人間が彼女の誕生パーティーに紛れ込むのを嫌がっているのはわかるが……」
——
詩織は目を伏せ、少し考えた後、小さなバッグから特製の鍵を取り出し、直接力ずくで門を開けた。
以前に予備の鍵を作っておいて、常に持ち歩いていたことが幸いだった。そうでなければ、今日は家にさえ入れなかっただろう。
使用人が駆けつけたとき、ちょうど詩織が庭を通り抜け、正面玄関に向かって歩いているところだった。
慌てて声を荒げて叱った。「あなた誰啊? 誰があんたを入れたんだ? 早く出て行け!」
そして詩織の側に素早く歩み寄り、小声で忠告した。「お嬢さん、今日がどんな場合か分かってるのか? あの若様たちを怒らせるな、早く帰りなさい......」
詩織は彼を無視し、庭にある花の壁を見た。そこには「Happy Birthday」の文字があり、明らかに誕生日のお祝いだった。
花に囲まれた中央には、大きな「香」の文字があった。
「今日は誰のためのパーティーですか?」彼女は使用人に尋ねた。
使用人は「誰のためって、もちろん香奈さんですよ!いや、なぜあなたにこんなことを説明しているんだろう……」
詩織は「香」の文字をしばらく見つめた後、くるりと向きを変え、正面玄関に向かって歩き出した。
突然ドアが開き、オールバックにした男性が中から出てきた。状況を見て眉をひそめ、不満そうに言った。「どういうことだ? 猫も杓子も入れてしまうのか?」
詩織は淡々とした声で言った。「ここは私の家です」
この人物は彼女が全く知らない人で、むしろなぜ彼がここにいるのか尋ねたいくらいだった。
オールバックの男性が何か言おうとした瞬間、詩織の顔に目が止まった。
マスクをしていたが、露出している額は清らかで豊かで、柳の葉のような眉と、アーモンド形の目、睫毛は長く、漆黒で濃密なカラスの羽のようで、瞳の色を漆黒に引き立てていた。
——あまりにも美しかった。
オールバックの男性はこの目元がどこか見覚えがあるように感じたが、詩織の顔に視線を落とすと、マスクで隠された部分に興味を持ち始めた。
手を上げてマスクを取ろうとした。「人の家にやって来て、マスクをしているなんてふさわしくない……」