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口のきけない高橋おばあさんが十数年間育てた孤児の実の親がやって来た!
村の人たちは最近、食後のおしゃべりの話題といえばこの件ばかりだ。
「はぁ、高橋おばあさんも困ったもんだよ。最初からやめとけって言ったのに。金はかかるし、苦労するし、全然聞く耳持たなかったんだからね」
「でも、あの子はそんなに薄情じゃないと思うけどな」
「どうだろうねぇ。片方は都会の実の両親、もう片方は力も立場もない田舎の口のきけないおばあさん。まったく、何てことだい。あの独り身のおばあさんが十何年も苦労して育て上げたってのに、恩返しする間もなく返す羽目になるなんて。結局、水の泡さ」
「だから言うんだよ、善人になるもんじゃないって!」
その話題の当事者である森田凪紗は、少し離れたところに立っていた。
風が彼女の腰まで届く黒髪をそっと揺らし、きらめくように舞い上がった。
羨ましいほど透き通るような白い肌に、整いすぎた顔立ち。
凪紗は静かにそこに立ち尽くし、冷たくも凛とした美しさが、人の心に畏れを抱かせた。
凪紗の姿を見るなり、噂話に夢中だった農婦たちは一斉に顔色を変え、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
凪紗は何も言わず、見物人たちが開けた道を通って家に入った。背後からは、ひそひそ声が絶えなかった。
「口のきけないおばあさんに育てられた子は、まさか自分も話せないんじゃないか?」
「いや、話しているのを聞いたことがあるよ。声はとてもきれいだけど、ほとんど口を開かないんだ」
「ちっ、いくら大事に育てても何の得にもならないね。どうせすぐに実の親に取られちまうんだろうし。一番かわいそうなのは高橋おばあさんさ。だってこの娘が嫁に行くなら、最低でも20万円くらいの結納金にはなっただろうにね」
広くはないがきちんと片付けられた中庭を抜けると、彼女たちの家の座敷があった。遠くからでも、上座に白髪まじりの老婦人が座り、その隣に男女二人が並んでいるのが見えた。
物音に気づいた二人は、興奮のあまり同時に立ち上がり、期待に満ちた瞳で見つめた。気づけば、目尻が濡れていた。
娘は本当に見事に育っていた。この年月、高橋おばあさんがどれほどの手間と愛情を注ぎ、どれほど凪紗ちゃんを大切にしてきたかが伝わってくる。
だが、凪紗は感情の色をほとんど見せず、まるで見知らぬ人でも見るような目で彼らを見ていた。
安井詩織は期待を抑え、どこか落ち着かない様子で手を上げた。「凪紗ちゃん……久しぶりね」
母親というより、先生の前でぎこちなくしている生徒のようだった。
血のつながりはあっても、思春期の子にとって、突然現れた母親を受け入れるのは容易ではないことを、彼女はわかっていた。
凪紗は眉を上げた。久しぶり?二日前に会ったばかりだというのに。
凪紗はただ丁寧に夫婦へ軽く会釈し、高橋おばあさんのもとへ歩み寄った。おばあさんは穏やかな眼差しで彼女を見つめ、やがて夫婦に向かって手話で何かを語り始めた。
凪紗が通訳しようとしたその時、詩織の震える声が部屋に響いた。込み上げる嗚咽を必死に押さえながら、「わかります……これは長い時間をかけて向き合うことですね。焦らず、少しずつ努力します。凪紗ちゃんに無理はさせません」
高橋おばあさんの瞳は、まるで全てを見通しているかのようだった。それでも、微笑みは絶えなかった。
二日前に来たときは手話などまるで知らなかったのに、今ではもう理解できるようになっている。
高橋おばあさんはその言葉を聞くと、凪紗の手をそっと握り、そして離した。再び手話で思いを伝え始めた。
凪紗の将来を思い、彼らが本当に彼女を大切にしてくれるのなら、連れて帰ることを許す――そう伝えていた。
夫婦が膝を折ろうとすると、おばあさんは慌てて手を伸ばし、止めようとした。しかし声を発することができず、喉の奥でうめくような音しか出ない。二人はそれでも頭を下げ、畳に額を三度打ちつけた。額は赤く染まっていた。
「こんな急な話で、本当に申し訳ありません。長い年月、凪紗ちゃんを育ててくださって、心から感謝しています。これからも彼女を連れて、必ずお会いしに来ます。あなたはもう、凪紗ちゃんの本当のおばあさんです」森田佑助――四十代半ば、世の酸いも甘いも知り尽くした男の目は真っ赤に染まっていた。凪紗を見つめ、静かに、しかし強い決意を込めて言った。「かつて、私たちは凪紗ちゃんを失いました。これからは、すべてをかけて取り戻します」
門の前では、村人たちがまだ集まっておしゃべりを続けていた。その様子からして、高橋おばあさんが本気で凪紗を帰そうとしているのは一目でわかった。
「どうせ息子が欲しくて、昔は娘を捨てたんだろうさ。今になって立派に育ったから、ちゃっかり取り戻しに来たんだよ」
「まったく、高橋おばあさんはお人よしすぎるよ。苦労ばっかりの人生じゃないか」
「まったく、結局は人も金もなくしてさ、何の得があったっていうの?」
そのとき、門の前に高級車が二台、土ぼこりを上げながら滑り込んできた。車に詳しい村人たちは思わず舌を鳴らした。「うわぁ、この辺の道にあんな車走らせるなんて……タイヤが泣くわ」