夫がこれほどの出世を遂げたとあって、元の蘇丫丫も大喜び。かつてはどれほど軽蔑し、傅家から抜け出そうと願っていたかも、すっかり忘れてしまっていた。
だから傅璟琛が人を遣わして迎えに来たときも、彼女は嬉々として馬車に乗り込み、京城での栄華を夢見ていたのだ。
──ところが、享楽のはずが待っていたのは非業の死。彼女は京城へ向かう道中で命を落とした。
元の蘇丫丫が死んだあと、傅璟琛は再婚しなかった。別に彼女への深い情があったわけではない。もともと彼の心には、男女の情など入り込む余地がなかったのだ。
蘇晩が物語を読んでいたとき、親友にこう愚痴ったことがある。
「傅璟琛って別に清らかで欲望がないわけじゃなくて……この男、どう見ても隠し病なんじゃない?」
──もしかして、その一言が原因で自分はこの世界に飛ばされ、彼の早世する正妻にされてしまったの?
悔やんでも悔やみきれずにいたとき、蘇晩はあることを思い出し、はっと身を起こした。その気迫に、傍らで彼女を睨みつけていた傅珍珍が思わず飛び退く。
「な、何よ?」胸を押さえ、不機嫌に声を荒げる。
蘇晩は答えず、車窓の帳をはね上げて外を覗き、慌てて叫んだ。
「今、どこまで来たの!?」
「奥様、すでに鷹嘴山でございます。山を越えれば、半日もせず京城に……」馭者が恭しく答える。
蘇晩の顔色がみるみる蒼白になった。もし記憶が正しければ──物語の中で、元の彼女はまさに鷹嘴山を越える途中、賊に襲われて命を落としたのだ。
しかし原主は物語の中では取るに足らない脇役にすぎず、その突然の死についても、書中ではほとんど触れられていなかった。
けれども、どうにもこの出来事はただ事ではないように思えてならない。
京城にほど近いこの地に山賊などいるはずがない。
もし事故でないとすれば……誰かが仕組んだ殺し。
だが元の蘇丫丫は三里屯でひっそり暮らしており、特に仇敵もいない。京城に来たばかりで恨みを買うこともない。
残る可能性はひとつ。傅璟琛に関わる者の仕業だ。
傅璟琛は今や朝廷で最も勢いのある権臣、皇帝の寵愛も厚い。そのため彼と縁を結びたい者は後を絶たない。
もっとも手っ取り早いのは──姻戚になること。
だが、彼にはすでに田舎に妻がいる。ならばどうするか。
……正妻を消してしまえばいい。
ぞっとして、蘇晩は声を張り上げた。
「すぐに引き返して!別の道を行って!」
馭者が理由を尋ねようとした瞬間――「ヒュッ」と矢が空を裂き、彼の胸を貫いた。
「どさり」と落ちる音。声をあげる間もなく、馭者は馬車から転げ落ちた。
その途端、王氏母娘の顔色は真っ白になり、震える声をあげる。
「ど、どういうこと……!?」
答える暇もなく、林の陰から武器を手にした賊が一斉に飛び出してきた。
護衛は不意を突かれて数名が瞬く間に斬り倒され、慌てて剣を抜く。
一瞬で戦場と化す車列。
王氏母娘はこんな場面を見たこともなく、悲鳴をあげて互いに抱き合った。
蘇晩は古武の家に生まれ、日頃から剣術の手合わせこそしてきたが、命のやり取りの場数は踏んでいない。
この惨状に恐怖がこみあげる。
だが、もし自分の推測が正しければ――狙いはただ一人、自分。京城に辿り着かせぬために。