© WebNovel
「この厄介者が死んでくれてせいせいしたわ、母上ももう気にしないで」
「珍珍、そんなこと言うんじゃありません。どんなにしても、あの人はあんたの兄嫁でしょう……」
「兄嫁?あの女は貧しい頃は散々嫌っておいて、傅家の一員だなんて思ったこともなかったくせに。兄上が今や高官になったからって、すり寄ってきたんでしょう?京城までついてくるなんて、恥知らずだわ!」
――
ごとごとと揺れる馬車の音と、女たちの話し声が途切れ途切れに耳に差し込んできて、蘇晚ははっと目を開けた。
見慣れぬ車の天井を茫然と見上げ、ここがどこなのかもわからない。
乾いた唇を湿らせ、身を起こそうとしたそのとき――「やっと目を覚ましたのね!」と、女の弾んだ声がした。
蘇晚(スー ワン)がきょとんとしていると、すっと細い腕が伸びてきて彼女を支え起こしてくれる。
「まだ体が弱っているのだから、しばらく横になっていなさい」
顔を上げると、そこには優しい眼差しを向ける婦人がいた。
「あなたは……」
問いかけようとした瞬間、甲高い声が割り込んだ。
「母上、言ったでしょう?かまう必要なんてないのよ。ほら、元気そうじゃない。せっかく一晩中心配してたのに」
思わず目を瞬くと、車内にはもうひとり、少女が座っていて、敵意むき出しの視線を向けてきた。
「蘇丫丫(スー ヤーヤー)、とぼけたって無駄よ。あんたの考えてることなんてお見通しなんだから!」
――蘇丫丫。
その三文字が耳に突き刺さり、蘇晚の口元がひきつる。
……何それ?
自分のことを呼んでいるの?
訂正しようとした刹那、ふと思い出したことがあり、体が固まった。
そうだ、数日前に友人がやたら勧めてきた男主人公向けの大人気小説。
試しに読んでみたら止まらなくなり、夢中で読み進めたあの作品。
そこにも「蘇丫丫」という脇役がいた。
ただしその子は、京城へ向かう途中であっけなく死ぬ――早死にの悪女配角だったはず。
……そう思い出した瞬間、彼女の瞳孔は大きく開き、向かいの少女を凝視する。
「あなた……傅珍珍(フ ジェンジェン)?」と、かすれ声で尋ねていた。
傅珍珍は一瞬きょとんとしたが、すぐさま怒鳴り返す。「蘇丫丫!病気のふりや記憶喪失を演じたって、あんたの悪行は消えないわ。京城に着いたら、絶対に兄上に離縁させてやる!」
王氏は娘の剣幕に少し戸惑い、しかし顔に複雑な色を浮かべて「もうよしなさい」と眉をひそめてたしなめる。
「母上、もうあの女に怯える必要なんてないのよ。今度はあの女が私たちを恐れる番だわ」
王氏はわずかに眉を曇らせた。
蘇晚は二人のやり取りを見ながら、ふと自分の腿をつねり――痛みで目の前が現実だと悟る。
夢なら醒めるはず。だが、何も変わらない。
揺れる馬車、傅家の母娘、全てがそこにある。
彼女は目を閉じ、力なく身を横たえた。
……そう、彼女は「書物の中」に転生してしまったのだ。
しかもよりにもよって、傅璟琛(フ ジンセン)という大人物の「早死に原配」に。
傅璟琛――寒門出の身から、己の才覚と手腕だけで権臣にまで登りつめ、主役さえも一目置く存在。帝位に就くのも、彼の助けあってのことだった。
だがその正室は、貧を嫌い富を好み、身勝手で悪女とされる妻――。