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Chapitre 4: 第4話 病室 ソルジャー

「人間か」

 興味はあるが、期待はない。

 人間との『拝謁』を許された四種族がうち一つ、機械生命体『ソルジャー』の代表者は、冷めたつぶやきをこぼした。

 他の機械生命体種族と同じく、彼女もまた、個体名を持たない。

 だがしかし、『眼帯』と言えば、彼女だとわかる──通常、機械生命体は何かの故障・欠損があればすぐさま修理されるのに、彼女は修理を拒否して片目を壊れたままにしている。そういう、『特異個体』だった。

 ソルジャーと呼ばれる機械生命体の基底プログラムは『人間のために戦う』というものだ。

 二千年前にあった『神』との決戦の際にも、最前線に立った存在。ミュータントの『ドラゴン』と合わせて、人なき地上で人の報復を成し遂げた主力種族である。

 ソルジャーは役割によって装備こそ違うが、その素体はすべてが黒髪をボブカットにした大柄な女性だ。

 そこに作戦・役割ごとに違ったアーマーをつける。

 今は『病院』にて人間と拝謁をするところなので、最も簡素な、素体に近いアーマーしか身に付けていない。

 顎から首にかけてのむき出しの金属パーツと、それから旧迷彩服──これはかつて人間がいたころに、人間の軍隊が身に付けていた『古い軍人の正装』だ──の下の、異常に四角さが際立つ腕のシルエットがなければ、人間のようにも見えるだろう。

 彼女は『病院』の前に立つと、生真面目にブーツの踵を合わせ、カッと音を出し、姿勢を正した。

「我らの四千年の忠勤を、『人間』はなんと言うのかな」

 戦いを続けて来た彼女の声には、人生を重ね、その中で絶望と失望と後悔を積み上げて来た大人の──人間の大人のような、疲れた『嗄れ』があった。

 今日、俺と『対話』をするのは、ソルジャーと呼ばれる、いわゆる『兵器』としての側面が強い機械生命体の人のようだった。

 これまでの二人と違って、はきはきと、きっちり自己紹介をしてくれたのが、印象的だった。

 これまでの出会ったメイドロボと狐ミュータントはほっそりして小柄だったが、今日、ここにいるソルジャーは大柄でどっしりしている。

 地面に接合された『パイプ椅子のようなもの』がとても小さく、窮屈そうに見えた。たぶん、実際の重量も、あの二人に比べると、かなり重いのだろう。本物のパイプ椅子では、耐えられなかったかもしれない。

「……というわけで、自分は『戦い』が専門であります。ですから、他種族のような色気のある話題は出せないものと……」

「『色気のある話題』?」

 そこでソルジャーの顔に『しまった』という表情が浮かんだ。

 機械生命体──その言葉の意味を思い知らされる。彼女たちは、西暦二千年代の俺が想像するような、ロボットではない。機械で出来ているだけの生命体なのだ。

 ソルジャーが気まずそうな顔をしているので、俺は……どうしようかと思った。

 だが、興味が勝った。それに、情報を、より多角的に、多く、手に入れたい。彼女たちのことを、もっと知りたいのだ。

「色気のある話題とは、どういうものを想定しているのでしょう?」

「問われたならば答えざるを得ません。……あなたは『人間』です。我々が求めてやまなかった、我々の主人です。しかしまあ、なんというか……数が、少ないですね?」

「はい」

「なので、各々の種族が、各々の方法で、人間の、あー……増産……繁殖……」

「言葉を選ぶならば、ニュアンスが正確に伝わるもので構いません。失礼とは受け取りませんから」

「……『人間を増やす』ことを目論んでいます。……そういえばミュータントどもの『信仰』についての情報は共有されていますか?」

「いいえ」

 そこでソルジャーは「何してんだあのポンコツは」と小さくつぶやいた。

 どうやらメイドロボが何かを俺に伝える手筈になっていたらしい。

 ソルジャーは「はあ」とため息をつく。

 彼女がもし煙草でも持っていたら、『吸っていいですよ』と許可したくなるぐらい、重苦しい息だった。

「ミュータントどもは『人間もどき』です。そもそも、その祖からして、人間ではありません。我々機械生命体がデータの中にしかいない『人間』のために、環境を整えたり、人間の敵を排除したりする一方、連中は『人間に近くなるように』と進化を重ね、今の、人間もどきの姿を獲得した──だからこそ、我々の中には、『主人の似姿に勝手に近付いていくあの連中』を『不敬だ』と軽蔑する向きもあるわけですが」

「なるほど。……あなたは、そのような……対立感情はないようですが」

「前線を経験していれば、仲間内でのいがみ合いのくだらなさが身に沁みます」

「もしかしてその眼帯は、怪我で?」

「……怪我と言えばそうですが、残しているのはただのこだわりです。片目を壊れたまま放置しているせいで、あなたの前に来ることに、他の種族からはだいぶ色々言われましたが……」

「仲間内からは強く後押しされているのですね」

「…………換装を繰り返してはいますが、私の根幹人格は二千年前の戦いを経験しています。それが身内からの信頼を得る理由になっているようです」

「『二千年前の戦い』というのは?」

「それまで話してないのかあのポンコツは……」

 ソルジャーは頭を抱えていた。

 本当に、煙草が似合いそうなお姉さんだ。

「人間が『神』に滅ぼされたという話は、ご存じでしょうか?」

「いいえ」

「…………このあと、奉仕機械族の本拠地に乗り込む用事ができそうです」

「……ええと、何かに滅ぼされるような危機が迫っていたことは記憶にあります。しかし、俺が眠る前の記憶と、それから、俺個人の記憶が、いくらか欠けています」

「その話は、奉仕機械族が情報の共有をサボタージュしていたと思っていいでしょうか」

「いいえ、今、初めて話しました。なんというか……それどころじゃなくて……」

「ああ……」

 何か想像がついたのだろう、ソルジャーは頭を抱えていた。

「本来、このように拝謁するのは、ヒアリングによる診断という意味合いもあるはずなのです。検査ではまあ、異常はないという結果が出ていますが──」

「やっぱり、すでに結果が出ているんですね」

「──……参ったな、ポンコツのことを悪く言えないぞ」

「そのあたりはなんとなく察していたところですから。俺はこの『病院』に閉じ込められている。外に出ると影響が大きいから」

 本当は狐ミュータントに聞いた情報がかなり俺に確信させたわけだが、ミュータントの機械生命の関係はあまり良くないようで、目の前のソルジャーは聞いた話を正直に共有しそうだと思ったので、ちょっとだけ嘘をついた。

「仰る通りです。降伏しましょう。あなたは求められていた。だが、同時に警戒もされている。それで、まずは機械生命体、ミュータント、双方で政治的に影響力が強い種族があなたとの面談を許されており、その影響力を測っているというところです」

「腹を割って話しましょう。俺はこの『病院』から出たい。あなたには、その後押しをしてほしい」

「理由をうかがいましょう。あるいは、命令となさるなら、従いましょう」

「……どうして?」

「我々への絶対命令権を、人間は持っています。あなたが命じれば、そこらで銃を乱射して、目に付くすべてを殺して回ることだってします。我々は、あなたの『力』です」

「では命令権を放棄します」

「放棄は不可能です。我々の根幹に刻まれたものですから」

「では封印しましょう。今後、俺が命令をすることはない」

「理由をうかがいましょう」

「欲しいのは、あなたの力ではなくて、心だから」

 ソルジャーは眼帯に隠れていない方の目を見開いた。

 しばらく沈黙が落ちる……機械生命体。機械の、生命体。彼女たちは優秀だ。人間にない機能を持っており、人間が持っている機能だって人間以上に優れている。

 だけれど、確かに『心』があった。それは、俺のイメージする『戦闘兵器』とはかけ離れた機能、あるいはバグだけれど、俺はその『心』を感じられるこの瞬間を、好ましく思った。

 たたみかけるとしよう。

「俺は保護動物です。けれど、保護されたまま終わる気はない。俺は、俺のいた時代を、この世界に再現したい。そのために、『保護動物のかわいいお願いを聞いてくれる人』ではなく、『俺に賛同してくれる人』が欲しい」

「……『人』ですか」

「何か失礼にあたる表現だったら、謝ります」

「……いえ、違うのです。『人』か。……言語化──我々は、地上で唯一……まあ、種族がいろいろいるので、唯一という表現には語弊もありますが」

「わかりますよ」

「ありがとうございます。……地上で唯一、人なき地上で唯一の知的生命体です。これは、『人間』と定義することもできる。けれど、我々は頑なに『次の人類』を名乗らなかった。なぜかわかりますか?」

「あなたたちは、自分たちを『奉仕種族』と表現することもあるようですね?」

「ええ、『それ』です。我々は人間ありきです。しかし……四千年も存在しなかった種族に遠慮する暮らしは、正直に申し上げれば、馬鹿みたいなものでした」

「……」

「気に障ったのならば責任をとります」

「いえ、そんなことはありません。続けてください」

「……二千年前、我々はついに『神』を倒した。人間を滅亡させられたことへの報復は完了したのです。そこでは当然、犠牲も出ました。『知的生命体』の我々の、犠牲です。しかし、今日に至るまで、我々は『個』を重要視されない。重要視することを己に許さない……だから、『犠牲』を『個々人の命』として悼むことも許されていなかった」

 そこでソルジャーは、眼帯を撫でた。

「この目をこのままにしているのは、そういった価値観への、一種の抗議です。『我々』は『我々』ではない。失われた命は再生産可能なものばかりではない。失われた人格は、命と呼べるものだ──だから私は、こうして傷を個性とした。私を私にしました」

「……」

「人間様、あなたに問いましょう。あなたは、我々の『個』を認めると、そう仰るのか。我々は、同胞の死を悼んでいいのか」

 難しい問いかけで、重い話題だった。

 だが……『心が欲しい』とは、こういうことだとも、思う。

 俺ははっきり言って無力で、俺が彼女らにできることは、ほとんどない。

 ここでただ『悼んでもいい』と答えれば、いい話にはなるだろう。けれど……

 足りない。

 全然、足りない。彼女の失ったものを、俺は想像することしかできないけれど、ただ『悼んでもいいよ』と偉そうに上から許可を出しただけでは、足りない。

 彼女は礼を述べて、俺の目的に協力してくれるだろう。

 だがそれだけだ。彼女の心はもらえない。

 俺にできること。

 この世界で唯一、俺だけができること。俺だけが示せる、『人間のために戦ってくれた彼女たちへの謝意』は、なんだろう。

 ……ああ、あるじゃないか。

「戦死者の数と、できれば個性の一覧表をください」

「……何をなさるので?」

「名前をつけます」

「……」

「一人一人の墓標に刻む名前を、俺がつけます。全員に」

「……想像なさっている数がどの程度かはわかりませんが、確実に、あなたの想像を上回る数の戦死者がおりますよ。何せ、神との戦いは二千年……うち千年、我々が発展し、戦いを意識するまで自我を育てる期間があったにせよ、千年はかかっています。そして、最初は敗退続きでした。つまり、年に数万という単位で、失われています」

「構いません。俺にできるのは、墓を建てることだけです。ですから、そうします」

「……」

「一生かかってもいい。俺が一生をかけることが、あなたたちを報いるなら、俺は、一生を捧げる」

「なぜ、そこまでなさるのですか」

「あなたの心が欲しいから」

「……」

「加えて言えば、それは人間文化の復活でもある。……まあ、俺の知る時代も、個々に墓があったわけじゃなくて、『○○家』みたいな、ファミリー単位の墓しかありませんでしたが……死者を悼むのはきっと、文化の基本だと思います。だから、やります」

 ソルジャーは、しばしこちらをじっと見ていた。

 表情はなかった。だけれど、『機械のような無表情』ではなかった。

 ソルジャーは、

「脅しました」

「……」

「私が戦いに参加したのは、『神』を殺す、せいぜいが十数年前です。当時の最新鋭機だったんですよ、私は」

「……」

「それに、すべてが最前線で戦った戦友というわけでもない。……数人です。私のデータに残っている数は多いけれど、私が『人』として悼んでやりたいのは、数人……まあ、十数人程度です」

「そうですか」

「試すようなことをしました。お詫び申し上げます」

「いえ、大丈夫です」

「あなたの墓作りを支援します」

「……」

「我々を人と認めるあなたに、私は忠義を尽くしましょう。あなたの人間文化の再現事業を、私は何をおいても支持します。ソルジャーはこれより、あなたの指揮下に入ります」

「では、まずはあなたに名を付けさせていただいても?」

「光栄です」

「アヌビス」

「……散逸した神話の中に、そのような名称がヒットしました」

「簡単に言えば、墓守の神様です。あなたはこれから、アヌビスとしましょう」

「拝命します。これより『アヌビス』を私の個体名として登録します。あなたのことは……」

「記憶が戻るまでは、『人間』で仮登録をしてください。……そういうシステムで合っていますか?」

「大丈夫です。仮登録を承りました。これよりアヌビスは、人間のために使命を全うします」

「それから、名づけの件も、冗談ではありません。データをください」

「……まだあなたに、この世界にまつわる、そういった詳細情報を与える許可は下りていません。ですから、まずは、許可を下ろさせるところから始めましょう」

「わかりました。それと、狐のミュータントにタマモという名前の人がいます。彼女も俺の協力者です。協調をお願いします」

「……狐ですか。向こうがなんと言うかはわかりませんが、まあ、努力しましょう」

「まだ『面談』の時間は遺っていますね? この世界のことについて、話せる範囲で話してください。俺は、情報が欲しい」

「わかりました」

 その後、情報収集が始まる。

 アヌビスは要点をまとめた話しぶりをする人で、彼女からもたらされる情報は、わかりやすかった。

 ……これで、四種族のうち半分。

 残り二種族──

 いや。残り、二人。

 その二人を味方につけて、ようやく、俺がこの時代にまで生き延びた使命が、スタートする。

『病院』を後にするころには、すっかり日が暮れていた。

 太陽。この天体は人間が生きていたころに比べれば、ずいぶん大きくなっているらしい。

 すべての種族は人間が滅びたあと、人間が住みやすい環境になるようにテラフォーミングをした。

 だが、実際に人間がこの環境で不自由なく生きていけるかは、わからない──人間には個体差がある。個性がある。好みがある。

 けれどそれは、今、この地上で生きている者たちも、同じだ。

 アヌビスは、『病院』を振り返り、踵を揃えて敬礼した。

「我らの忠勤は報われた。人間は素晴らしいものだぞ」

 かすかに笑う。

 ソルジャーは兵器として生産されたガイノイドだが、この『表情』という機能は、初期の初期から実装されていたらしい。

 人間は戦友に感情があることを望んだ。

 記録によれば、同じ部隊に配属されたソルジャーには、それぞれ名前をつけ、愛称で呼び、まるで人間であるかのように扱ったという情報も読み取れる。

 当初は『人間の兵士のストレスを減らすため、感情があるかのように振る舞う機能』でしかなかった。

 だが、今、上っ面の表情は、ついに本物の感情に昇華した。

 過去に失われた戦友を悼むほどに、彼女たちは進化している。

「……さて。なおさら『神』の動向には注意を払わねば」

 そうつぶやく彼女の顔からは、笑みが消えていた。

 ……『神』は死んだ。殺した。

 だが──

 人間が地上に現れてすぐ、復活の兆しが見えた。

 あの傲慢な命の刈り手を完全に沈黙させねばならない。

 顔も知らない『人間種』のためではなく──

 ──己に名を与えた、あの人のために。


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