Chapitre 2: いわゆる「親戚」という生き物
Éditeur: Pactera-novel
「お、お前……そんな口のきき方、どういうつもりだ！」
綾は、無表情のまま二人を一瞥する。
この二人には見覚えがなかった。――だが、脳裏のどこかで、記憶の断片が反応した。
まるで札が貼られているかのように、すぐに身元が浮かぶ。
女の名は小林優子（こばやし ゆうこ）。
安藤家の本家――いまの当主・長谷修彰（ながたに しゅうしょう）の遠縁にあたる「表叔母」とやらだ。
とはいえ血縁などあってないようなもので、実際は「親戚」という名を盾に屋敷へ転がり込み、
居座ったまま下働きのように暮らしているらしい。
男の名は長谷光臣（ながたに こうしん）。
こいつもまた、どこぞの枝分かれした親戚のさらに遠い表の縁。
形式上は「表叔」にあたるが、実質は他人も同然だった。
この世界では「長谷家」というらしい――は安城市でも指折りの名家だ。
百年の歴史を持ち、権力と財を兼ね備えた、まさに地方の王族。
……彼女の言葉で言うなら、「安城の皇帝」である。
そして、この身体の元の持ち主もまた、安藤綾という名の女。
現当主・長谷修彰の妻――つまり、正妻の地位にあった。
「どうして怖がらなきゃいけないの？」
綾は唇をまっすぐに結び、少し眉を上げた。
もともと整った美貌が、冷ややかな威圧を帯びた瞬間、空気が一変する。
その堂々とした立ち姿に、思わず息を呑むほどの迫力が宿っていた。
長谷光臣夫婦は言葉を失った。
この女――安藤綾は、嫁いで一年余り。普段は猫にすら無視される存在で、顔立ちこそ良いが中身は空っぽ。
長谷家の奥方とは名ばかりの、誰からも軽んじられる女。
それが、今、堂々と彼らを睨みつけている――？
やはり自分が家を仕切れると思い込み、長谷家のすべてが自分のものになると思って、演技すらやめたのか？
「調子に乗ってるんじゃないの？」優子の目が妬みで赤く染まる。
「安藤綾！今すぐ荷物をまとめて出て行きなさい！」
怒鳴りながら、彼女は綾の鼻先に指を突きつけようとした。
だが勢い余って、さきほど尻もちをついた箇所の痛みが走り、「いったぁ」と呻く。
顔を歪めながらも、なお睨みつけてくる。
「三日やる。三日以内に出て行け」
長谷光臣が妻の肩を支えつつ、冷たく言い放った。
綾は何の反応も見せず、ただ無言で扉を閉めようとする。
だが、光臣が慌てて手を差し入れ、怒鳴り声を上げた。
「聞こえなかったのか！長谷修彰はもう行方不明だ！
「お前に居場所なんか残ってないんだよ、今のうちに出て行け！」
――この二人、私を馬鹿だと思っているわけね。
綾の瞳に、氷のような光が宿る。「私は長谷修彰の戸籍に名を連ねる正式な妻。
「行方不明だろうと、たとえ死んでいようと、私は彼の妻よ。
「――なのに、私がこの家を出るかどうか、お前たちが決めるつもり？」
そして、唇の端を皮肉に吊り上げる。
「それにしても不思議ね。修彰が“失踪した”と聞いてすぐに、私を追い出そうとするなんて。まさか、私を追い出せばこの家が自分たちのものになるとでも思ってるの？
「ひとつ教えてあげるわ」
綾は静かに言葉を継いだ。
「少しは本を読みなさい。法律にだってちゃんと書いてある――長谷家の人間が全員死んだとしても、あなたたちに遺産は入らないの」
そのとき、廊下の奥から屈強な男たちが数人駆けてくるのが見えた。
綾は一歩前に出て、鋭く命じる。「この二人を――外へ放り出しなさい！」
「……えっ？」
男たちは一瞬足を止め、互いに顔を見合わせた。
彼らは小林夫婦に雇われ、安藤綾を追い出すために来たのだ。
だが、今のやり取りをすべて聞いてしまった今――
放り出すべきは一体どちらなのか。全員、途方に暮れたように黙り込んだ。
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