「石川さん、お祖母さまの入院費、もう三か月も滞納していますね。大変なのは分かります。この数年、透析治療に全財産を使い果たされたのも承知しています。でも、お祖母さまももうすぐ七十歳。正直に申し上げますと、たとえ適合する腎臓が見つかって移植できても、術後に長く生きられる保証はありません。しかも手術費用は少なく見積もって三百五十万円ほど。これまでの入院費を合わせれば五百万円近くになります。さらに術後のケアにもまた莫大なお金がかかる……」
主治医は困惑を隠せない表情のまま、蒼白な石川瑠那を見つめ、言葉を続けた。
「私は医師として患者さんのために最善を尽くしたい。しかし同時に、あなた自身がその負担で心身を壊してしまわないか心配です。この数年間、あなたの献身は私たちも見てきました。まだ若いあなたが、これ以上背負うべきではない。――お伝えしたいのはそれだけです。どうか冷静に考えてください」
診察室を出た瑠那は、全身が小刻みに震えていた。病室に戻り、ベッドに横たわる祖母の前に座っても、何を言えばいいのか分からない。
身体がすっかり冷えきったとき、ポケットの中で携帯が鳴った。画面に浮かんだのは、長いあいだ見ていなかった番号――小林由美。
畑中颯太が今も心に秘めている「本命」のような存在。
「瑠那、私に少し貯金があるの。あとで振り込むから、その手術を受けさせてあげて」
瑠那は愚かではない。畑中家で過ごした年月で、小林由美が善意だけで動く人間ではないことを知っている。だが、今の彼女には他に選択肢がなかった。
「……分かった。ありがとう」
「聞いたわ。あなたと颯太、離婚したんですって?瑠那、彼に冷たくされてたんじゃない?あの人は昔から頑固で不器用だから、夫婦なんて時間をかけて歩み寄るものよ。早く戻ったほうがいいわ。だって、ずっと畑中家に暮らしてたでしょう?急に飛び出しても、行くところなんてないじゃない」
瑠那は受話器を強く握りしめた。思い出すのは、由美が祖母に拾われてきた日のこと。か弱い少女を祖母は我が子のように育てたのに、この数年、祖母が病に伏せてからは一度も顔を出さなかった。
今さら差し伸べた金は、見返りを求めるために違いない。
もし祖母がいなければ、由美は豪門に嫁ぐ機会すらなく、まして畑中彰の妻になることもなかっただろう。
その由美は今、畑中家の本邸の庭に立ち、瑠那と颯太が離婚したと知って心の底で小躍りし、すぐに電話をかけてきたのだ。
「瑠那、ごめんなさい。お祖母さまがご病気だなんて知らなかったの。だから放っておいたわけじゃないの。この数年ずっと海外にいたから、誰も教えてくれなくて……」
瑠那は唇を噛みしめた。「颯太はずっとあなたを忘れられなかった。私と彼の離婚は、遅かれ早かれ決まってたことよ」
「……あの時のこと、まだ私を責めているの?」
由美は声を落とし、握りしめた手が震えていた。あの日の秘密を瑠那に暴かれるのを、ずっと恐れていたのだ。
――あの時。
胸に鋭い痛みが走る。由美を助けるために罠にかかり、目覚めたときには畑中颯太が隣に横たわっていた。そして別の部屋では、由美と畑中彰が一緒にいるところを見つかってしまった。
祖父は激怒し、二人を連れて寧崎市の家に戻った。だが一か月後、瑠那と由美は再び畑中家へ戻ることになった――二人とも、畑中家の子を身ごもっていたからだ。
祖父は名高い教授であり、畑中家の当主とも旧知の間柄。責任を取る形で、颯太は瑠那と、彰は由美と結婚することになった。
けれど瑠那の子は流れてしまい、身体にも病を残した。一方、由美は元気な男児を産み落とし、一気に地位を固めたのだった。