詩織は、ちょうど五人を立たせているところだった。
「何をしているんだ!」――校長の声には、怒りに混じってどこか焦りが滲んでいた。
皆が声のする方へ目を向けると、校長の隣には若い男性が立っていた。彫刻のように整った顔立ちに、すらりとした長身。まるで夜風に揺れる白樺のように、凛として美しかった。
身長175センチでやや太めの校長が隣に並ぶと、その対比はあまりにも残酷だった。
校長は急いで足早に近づいてきた。
秦野雅彦(はだの まさひこ)は、この学校に多額の寄付をしてきた人物だ。資金援助から実験棟の建設まで、その支えは多岐にわたる。
秦野家の次期当主である雅彦は、寄付を行うだけでなく、自ら足を運んで学校の様子を確かめに来ていた。
校長は、この訪問を光栄に思うと同時に、雅彦に良い印象を与え、これまでの寄付が確実に活かされていることを示して、今後も支援を続けてもらいたいと願っていた。
本来なら何もかも順調で、雅彦も満足していた。だが、見送りの直前に、生徒同士の揉め事らしき場面に鉢合わせてしまった。
校内で問題を起こしていた五人はすでに立ち上がり、どう釈明すべきか分からず戸惑っていた。
詩織は堂々と言い放った。「こいつら、さっき私を階段から突き落としたんです。今はその謝罪を受けていたところです」
詩織が五人の方へ振り返ると、彼らはビクリと肩を震わせ、慌てて口々に言った。「そうなんです……本当に中村さんにひどいことをしてしまって……」
「すみませんでした!」――五人はそろって、もう一度深々と頭を下げた。
【功徳値+3】
詩織はぽつりとつぶやいた。「……功徳値って、こんなにあっさり増えるものなの?」
システムは「……」としか言えなかった。
もう何も言いたくなかった。
詩織は眉をひそめて言った。「でも、本気で謝ってないのは誰?」
詩織は不機嫌そうに五人の方へ顔を向けた。
五人は詩織の視線に身をすくめ、男子三人は慌ててご機嫌取りのような笑顔を浮かべた。
京子ともう一人の女子は頭を深く垂れ、詩織を見ることすらできなかった。
詩織は目を細めた。どうやら、心から謝っていなかったのは京子と弥生らしい。
校長はこの五人をよく知っていた。日頃から問題ばかり起こし、どれだけ叱っても改善しない常習犯だった。
校長は、詩織の言葉を疑う余地などなかった。
ただ――気のせいだろうか。詩織の背後でウズラみたいに震えている五人を見ると、どう見ても詩織の方が不良じみて見えるのは、なぜなんだろう。
校長は気まずい笑みを浮かべ、秦野に向かって言った。「秦野さん、うちの生徒たちは、普段は本当に仲が良いんですよ」
「問題ありません」雅彦はどこか淡々とした口調で答えた。「もう自分たちの非を認めたようですし、それで十分でしょう」
雅彦は何気なく詩織へと視線を流した。
ここ数日しっかり食事を取り、特に肉をよく口にしていたおかげで、詩織の小さな顔にも血色が戻り、以前よりずっと元気そうに見えた。とはいえまだ痩せていて、体つきは細いままだった。
ただ、その瞳だけは驚くほど澄んでいて、ひと目見れば忘れられないほど強い光を宿していた。
詩織はもともと整った美しさを備えていた。前の彼女も同じ顔立ちだったが、栄養不足のせいでその魅力が隠れていただけだった。
今はようやく少しだけ美しさが浮かび始めたものの、まだ際立つほどではなかった。
「はい」校長は胸をなでおろすように答えた。雅彦が追及しないと分かり、心底ほっとしたのだ。「秦野さん、こちらへどうぞ」
校長は雅彦を連れて去った。
詩織も五人をその場に残し、食堂へ向かうと、肉を山のように盛りつけた。
システムは呆れたように言った。「宿主さん、毎回そんなに食べて……本当に胃に入るんですか?」
詩織は平然と言った。「終末世界でずっと飢えてたんだから、今のうちに食べられるだけ食べておきたいのよ。こっちの世界でもまた食べられなくなったら困るでしょ?」
システムは「……」と黙り込んだ。
「そういえば、任務を始められるんじゃない?」詩織が確認すると、ちょうど功徳値は20点に達していた。
システムは「できますよ」と答えた。
詩織は早速任務を開いた。
【功徳値20点で初級任務と交換しますか?】
詩織はためらうことなく【はい】を選んだ。
【初級任務:信彦に自ら迎えに来させること。任務報酬:寿命一年延長、能力ポイント配分パネル開放】
詩織は思わずめまいを覚えた。「……私、信彦の連絡先すら持ってないんだけど?」
システムは落ち着いた声で言った。「宿主さん、焦らなくて大丈夫です。元の持ち主の運命の流れでは、大学入試の一週間前、ちょうど十八歳の誕生日に、信彦が人を遣って迎えに来させることになっています。その時、うまく信彦本人に来させればいいんですよ」
詩織は肉団子を三つまとめて口に放り込み、こくりとうなずいた。「そのとき考えればいいわ」
大学入試まで残り十八日となり、学校はすでに授業を止め、教室はすべて自習用に開放されていた。
自習は自由参加で、生徒たちは家で勉強しても、学校の教室で勉強してもよかった。
詩織は授業内容を全く把握できず、任務を済ませて脳力ポイントを振り分けられるようになるのを待つしかなかった。
そこで詩織は学校を出て、裏手にある温平山へ鍛錬に向かった。
雅彦は車で温平山をゆっくりと登っていた。
彼が今回訪れたのは、主に温平山に温泉リゾートを建設する計画の進捗を確認するためであり、温平高校に立ち寄ったのはそのついでに過ぎなかった。
彼が温平高校に投資・支援を行ったのも、温平町での人脈を築き、温泉リゾート建設計画を円滑に進めるための一環だった。
現在、温泉リゾートの建設は予想通り順調に進んでいた。
車が山道を登っていると、秘書の森山大成(もりやま たいせい)が突然「あれ?」と声を上げた。「あれ、昼間温平高校で見かけた女子生徒じゃないですか?」
雅彦が視線を向けると、詩織が山道を軽快に走っているのが見えた。
視線を戻し、彼女のことは気にしなかった。
山頂に到着すると、責任者が雅彦と森山を山頂から山腹へ案内し、温平山の調査進捗について詳しく説明した。
雅彦は話を聞きながら、山道を走る詩織の姿を目の端で捉え、無言で眉をわずかに上げた。
なかなか走力があるな。
午後四時二十分、雅彦と大成は車に乗り込み、山を下る準備を整えた。
山道を走行していると、森山が再び「あれ?」と声を上げた。「社長、またあの女の子ですよ。まさかずっと走り続けていたんですか?」
この体力はちょっとすごいですね!
もしかしてスポーツ選手かな?
そうでなければ、なぜこんなに頑張っているのだろう?
雅彦は顔を向けて見ると、確かに詩織だった。
詩織は道端の分岐点で立ち止まり、左右を見比べながら、どちらの道に進むべきか迷っている様子だった。
数秒迷った後、詩織は一つの道を選び、決意を込めて走り出した。
「見てください、あれは登山道ですよ」森山は思わず口を開いた。
「分岐点で止まれ」雅彦は冷静に命じた。
しばらくすると、詩織が再び走って戻ってきた。
雅彦が窓を下げると、詩織は不思議そうな表情でこちらを見つめた。
一日中走り続けたせいで、詩織の顔は赤くなり、息も少し荒くなっていた。
しかし、この姿は昼間見た時よりも健康的に見え、さらには目を引くほど美しさを増していた。
詩織は目を輝かせ、ようやく雅彦だと気づいた。
「道に迷ったのか?」雅彦は指先をドアのアームレストに置き、軽くタップしながら尋ねた。
詩織は終末世界でも方向音痴で、仲間たちは誰も彼女に道案内をさせようとはしなかった。
しかし彼女はそれを決して認めず、「この山は分岐が多すぎるんです」と言い訳をした。