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出雲台壱号棟。
寝室のドアが半開きになっていた。
中村美咲(なかむら みさき)はドアの前に立ち、何か普段と違う音が聞こえてきた。彼女は無表情で手を上げ、ドアを押した。
彼女を見て、ドレスを整えたばかりの女性はまず恐怖に駆られ、それから気まずそうに口を開いた。「中村さん」
美咲は澄んだ瞳を上げ、彼女に一瞥をくれた。女性の豊満で完璧なボディーラインは誰の心も動かさずにはいられないものだった。
そして、彼女の視線はバスルームから出てきたばかりの男に落ちた。
場の空気が凍りついた。
女性は慌てて、言いよどんだ。「中村さん、私は……」
「いいわ」
美咲は彼女の言葉を遮り、予め用意していたキャッシュカードを渡した。小さな顔には少しの感情の波も見られなかった。
「あなたは関係ないわ。もう行って」
「はい」
女性はカードを受け取り、美咲の横を慌てて通り過ぎて去っていった。
美咲は冷静に秋山彰(あきやま あきら)を見つめた。部屋は真っ暗で、彼は闇に隠れ、どんな表情をしているのか見えなかった。
彼女はライトをつけ、彼の目の前で窓際に歩み寄り、窓を開けて気持ち悪い匂いを外に逃がした。
室内は静かで穏やかだった。ベッドの乱れを除けば、先ほど情熱的な時間が経過したとは全く見えなかった。
彰は彼女の前を通り過ぎた。入浴後の香りが鼻腔に入ってきて、清々しく心地良かった。
美咲はじっと見つめ、美しい瞳を細めた。
「時間ある?話したいことがあるの」
彰は鄢城だけでなく全国でも指折りの大物経営者だった。彼の出身である秋山家は様々な産業に手を伸ばしており、国内商業地図の東南部の大半を秋山家が占めていると言っても過言ではなかった。そして彼は、この商業王国の第一継承者だった。
さらに、エンターテイメント業界のトップアイドルに匹敵する容姿を持ち、一言で東南ビジネス界と女性たちを同時に揺るがす魅力的な男神と言えるだろう。
そんな裕福でハンサム、完璧と言える男性が、彼女の結婚して2年になる夫だった。
しかし彼女は、彼のことを全く知らなかった。
彰はバーカウンターの前で立ち止まり、強いお酒をグラスに注いでちびりと飲み、感情を込めずに尋ねた。「何の用だ」
美咲はソファまで歩き、座った。「重要なこと」
彰はグラスを握りながら歩み寄り、細長い眼がテーブルの書類に落ちた。そこには「離婚協議書」という文字がはっきりと書かれていた。
彼は眉をひそめ、わかっていながらも尋ねた。「何について話す」
「見ての通りよ、離婚したいの」
「なぜだ」
ソファに座る男を見て、美咲の唇には自嘲の笑みが浮かんだ。
彼の口調は冷淡で、感情がなく、顔にはわずかな感情の起伏も見られなかった。不機嫌さすらも。
「あなたは結婚中に他の女性と一緒にいたわ」
頭上の光が彰の端正な顔を曖昧にした。彼は頭を上げてグラスの酒を一気に飲み干し、水気を帯びた薄い唇は冷笑を浮かべた。
「お前があの女を連れてきたのは、俺にそうさせたかったからだろう。俺はただお前の願いを叶えただけだ」
美咲は彼に見透かされ、顔から血の気が急速に引いた。
「あなたは私を愛していない、私もあなたを愛していない。お互い何の感情もない。こんな結婚がどうして続くの……」
「なぜ続かない」
男の声は低く、かすれていて、人を遠ざける冷たさを含んでいた。
「お前はこれだけ長くベッドに横たわっていても、2年間俺の妻だったじゃないか」
美咲は手のひらを強く握り、爪が肉に食い込む痛みで感情を抑えた。
「私たちは名目上だけの夫婦関係よ」
「さっきお前が入ってきていれば、今頃は名目だけじゃなくなっていたな」
彰はタバコに火をつけた。深く冷たい瞳が白い煙に隠され、読み取れなかった。
彼の氷のような視線の下で、美咲は勝ち目がないことを知っていたが、諦められなかった。
彼女は震えを我慢しながら、相手を見つめた。
「あなたの書斎で、ある物を見つけたわ」