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章 2: みんなモフモフ

編集者: Inschain-JA

【毎朝九時:監獄区への食事配膳は厳守。各貴人の食習慣を必ず遵守すること】

これは書類の最初の赤字で強調された内容だった。

時田菫が時計を見ると、まだ九時まで一時間ほど余裕がある。彼女は急いで身支度を済ませ、足早に厨房へ向かった。

辺境の黒溟星とはいえ、設備は驚くほど整っている。厨房ではロボットたちが規則正しく作業をこなしており、時田菫は簡単に朝食を済ませると、九時前に用意された食事コンテナをスペースポーチに収めて監獄区へと足を向けた。

前任監獄長の残した分厚い管理マニュアルによれば、黒溟星の監獄に収容されているのは、凶悪犯罪者ばかりではない。むしろ――精神力が極端に高く、崩壊寸前の強者たちだった。

だからこそ、彼らは「囚人」ではなく「貴人」と呼ばれる。

精神力が臨界を超えて崩壊したとき、莫大な破壊力をもたらし、理性を喪う。そんな存在を遠隔地に隔離するため、この監獄があるのだ。精神力の低い者なら、帝国の対処手段は多い。

事情を知った時田菫は、改めて自分の職務の難易度を思い知った。――どうりで前任者たちが皆、逃げ出すように辞めたわけだ。

とはいえ、今のところは何も起こっていないし、黒溟星の警備システムは最高レベル。ここでしばらく働いて資金を貯め、原作での無惨な最期を回避できれば……と彼女は考えていた。

通路を歩きながら、赤字マークのページを重点的に読み返していると、やがて監獄区のゲート前へ到着。

ゲートの前にはパトロール用ロボットがずらりと立ち並んでいたが、時田菫の職員データはすでに登録済み。彼女が近づくと、重々しい門は静かに開いた。

内部の獣たちが一斉に音へ反応し、視線を門口へと向ける。

コツ、コツと響く足音。時田菫はスペースポーチから重たい食事コンテナを取り出し、奥へと歩を進めた。

監獄内部は想像以上に広く、牢区画はまるで空洞のようにだだっ広い。

幾つもの防護扉を越え、ようやく最奥の収容エリアに辿り着く。

……そして目を疑った。

社員寮ですら十分豪華だと思っていたが、囚人用区画はその比ではない。内装はまるで高級別荘、二階建て仕様まである。唯一「牢」と呼べるのは、前方に張られた半透明の青い防護シールドだけだ。

「……高精神力の大物だから、待遇がいいのも仕方ないよね」

自分を納得させつつ、彼女は深呼吸を一つ。名前プレートを確認しながら、一つずつ食事を届けていく。

一号房――【斎藤蓮(さいとう れん)】。どこかで聞いた覚えのある名だが、すぐには思い出せない。

中を覗けば、ベッドの上に横たわるのは堂々たる白獅子。その傍らには執事型ロボットも控えている。

真っ白な毛並みに覆われながらも、逞しい四肢は隠しようがない。

蓮は尻尾をゆったりと揺らしながら、ベッドに身を丸めていた。

時田菫の視線に気づいたのか、彼は頭を少し上げ、深い蒼の瞳を遠くから向けてきた。

「……食事を届けてくれて、感謝する」

低く、心地よい声。磁力を帯びたように温厚な響きに、彼女は一瞬呆然とした――これが斎藤蓮なのだ。

設定を思い出す。精神力が崩壊に近づくと、獣人は原始形態へ退行する。

つまり、この白獅子の症状はかなり深刻だ。

「……ふわふわしてそう……」思わず撫でたくなる衝動を抑え、食事を置いて次の部屋へ。

二号房――【木村宇吉(きむら うきち)】。

彼女が目にしたのは、半人ほどの背丈を持つ大きな鳥。鏡の前で丹念に羽を整えていた。

体の大部分は白。額には炎のような紅色の模様、そして背に向かうにつれて橙黄に変わる長大な飾り羽――まるで絹布のように優雅で、美の極致だった。

「……極楽鳥……?」科普映像で見た鳥類を思い出すが、現実ではこんなサイズにはならない。獣人化の影響だろう。

彼女の熱っぽい眼差しに気づいた宇吉は、顎を高く上げ、ボタンを押す。

バシィッ――。青い防護シールドが瞬時に不透明化し、内部を完全に遮断。

「無粋な雌だな。目を慎め」

冷ややかな声が返り、時田菫は引きつった笑みを浮かべて食事を置き、そそくさと退散した。

三号房――【望月朔(もちづき さく)】。

扉は半透明だが、中は真っ暗。ロボットの青い眼光だけが浮かんでいる。

「……誰もいない?」

顔を近づけて覗き込んだ瞬間――

ギラリ。闇の奥で翠の竜眼が開いた。

「ひっ!?」

飛び退いた彼女の前に現れたのは、全身を漆黒に染めた巨大なパンサー。防護シールドの光に照らされ、緑の瞳は冷徹な威圧感を放つ。

ぞわり、と背筋が凍る。慌てて食事を置き、早足で離れた。

四号房――【中村夏帆(なかむら なつほ)】。

近づく前から、中から笑い声が聞こえた。

「ははっ、ビビりすぎだろ」

姿を見て、時田菫は思わず叫びそうになる。

「……っ、マヌルネコ!?でっかい……ふわふわ……!」

威嚇するように牙を剥き、「何見てんだよ」と唸るが、ふわふわの頬毛と長いヒゲは揺れていて、どう見ても愛嬌の塊。

少年めいた声と名前夏帆の響きに、彼女は胸を押さえて我慢。食事を置き、後ろ髪を引かれる思いで立ち去った。

最後、五号房――【桜井幻(さくらい げん)】。

そこには赤い九尾の狐が、湯気漂う温泉の中で寛いでいた。

九本の尾は水面に浮かび、一本一本が紅の光を帯びて艶やかに揺れている。

彼は顎を前足に預け、長い眼尻を緩やかに上げて笑んだ。

「新しい監獄長か。名前は?」

低く、熟成された酒のような声音。耳をくすぐる艶に、時田菫は思わず耳を押さえた。

「……時田菫です」

「ふふ、いい名だ」

喉奥で転がる笑声に、耳が痒くなる。彼女は赤面しながら名前プレートを見つめた――【桜井幻】。

(……幻?ぴったりすぎる……)

気まずさに耐えきれず、食事を置くと逃げるように立ち去った。

戻る途中、何度も誰かの視線を感じた。探るような、値踏みするような眼差し。

振り返れば、一号房の白獅子だけが穏やかな雰囲気を保っている。

斎藤蓮は優雅に前脚で食事道具を操り、ちらりと蒼眼を瞬かせてくる。

時田菫も思わず、緊張を解かれて微笑み返した。


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