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장 4: 4話 手探りのスタート

 翌朝。

 オレは、新たな問題に直面していた。

「カイゼル様、お召し物をお持ちいたしました」

 部屋に入ってきたのは、メイドのイオだった。

 その手には、今日の外出用らしいやたらと豪奢な子供服が抱えられている。

 原作のカイゼルにとって、これはごく当たり前の日常風景だ。侍女に傅かれ、身支度を整えてもらう。それが貴族の常識。

 だが、中身が三十路手前の元サラリーマンであるオレにとっては、悪夢以外の何物でもなかった。

 待て待て待て! うら若き乙女に服を脱がされて着せられるとか、どういうプレイだ!? 普通に考えてセクハラだろうが!

 内心の絶叫とは裏腹に、オレの口からこぼれたのは、凍てつくように冷たい言葉だった。

「……下がれ」

「えっ……?」

「貴様の手など借りなくても服ぐらい着替えられる」

 イオの肩が、ビクッと震えた。

 また何かご機嫌を損ねてしまったのだと、その怯えた瞳が物語っている。違う、そうじゃないんだ。

 もっと優しく語りかけるべきだったか。けれど、優しくしすぎると悪魔憑きだと勘違いされそうだし。

 ともかく、今さら取り繕うこともできず、オレは背を向ける。やがて、イオが静かに部屋を退出していく足音が聞こえた。

「……くそっ」

 一人になった部屋で、オレは複雑怪奇な貴族の服と格闘する羽目になった。

 見栄を張るんじゃなかったと後悔したが、もう遅い。

 悪戦苦闘の末、なんとか身支度を終えたオレは、ベッドにへたり込んで大きく息をついた。

 これから、どうする。

 まず、己の力を正確に把握しなければ始まらない。

 前世でやり込んだゲームなら、メニュー画面を開けば『ステータス』という便利な項目があった。MP、攻撃力、防御力、INT、DEX……あらゆる能力が、忌々しいほど分かりやすく数値化されていた。

 さっき、試しに頭の中でステータス画面を開くようイメージしたが、そんなものは存在しなかった。

 どうやらゲームと違って、現実ではステータスなんて存在しないようだ。

 これでは、自分の魔力がどれくらいあるのか。魔法をどれだけ精密に扱えるのか。今のオレには、それを知る術すらない。

 これではゲームの知識がどこまで通用するのかも、正直なところ未知数だ。

 手探りで、一つ一つ検証していくしかないのか。

「……まずは、これか」

 オレは懐から、一つのアイテムを取り出した。

 さきほど、セバスに頼んで持ってこさせた、手のひらサイズの水晶玉だ。『簡易魔力測定水晶』という、貴族なら誰もが持っている代物らしい。

 自室の扉にしっかりと鍵をかけ、誰にも見られない状況を作り出す。

 用心するに越したことはない。原作のカイゼルがどんな末路を辿ったか、オレは嫌というほど知っているのだから。

 水晶をそっと握りしめ、体内のマナをゆっくりと注ぎ込んでいく。

 すると、水晶は淡い青色の光を灯し始めた。

「9歳の貴族の平均が、この『青』。まあ、こんなもんか」

 さらに魔力を注ぐと、光はすぐに『緑』に変わる。

 ここまでくれば、そこそこの才能持ちだ。貴族学院でも優等生になれるだろう。

 だが、オレのマナはまだ底が見えない。

 さらに魔力を流し込むと、緑の光は『黄色』へと変化した。

「黄色……学院の上位陣、騎士団の魔術師クラスか」

 それでもまだ、止まらない。

 水晶は、やがて燃えるような『深紅』に染まった。

「……赤、だと?」

 思わず、息を呑む。

 ゲーム知識によれば、この色は王宮魔術師団のエース級、あるいは英雄譚に名を残すほどの魔術師が到達する領域のはずだ。

 それを、わずか9歳の子供が……?

 オレは自分の才能に驚愕しつつも、同時に冷静に頭を働かせていた。

 確かに、これは規格外の魔力量だ。

 だが、最強には程遠い。

 ゲームには、さらに上の領域が存在した。

 大陸最強と謳われた大賢者や、伝説の勇者。彼らが魔力を使う時、水晶は『虹色』に輝いたという。

 それに比べれば、この『赤』など、まだ入り口に立ったに過ぎない。

 問題は、この莫大なだけの魔力を、どうやって鍛え上げていくかだ。 

 原作のカイゼルは、この才能を腐らせた。傲慢さゆえに努力を怠り、ただ強力な魔法ばかりに固執して、基礎を疎かにした。結果、魔力のコントロールは雑なまま、宝の持ち腐れとなった。

 だが、オレは違う。

 そういえば、と思い出す。

 ゲームでのカイゼルは、初期MPこそ高かったが、他の魔力関連ステータス――魔法の威力を司るINTや、精度と速度に関わるDEX――の成長率が、絶望的なまでに低く設定されていた。レベルをいくら上げても、まるで才能がないかのように伸び悩むのだ。

 だが、それはあくまでも、カイゼルが傲慢で努力を怠ったという性格をふまえたうえでの、ステータスのはずだ。

 だったら、傲慢さを改めて努力さえすれば、覆すことができるはず。

 むしろ、オレには圧倒的なアドバンテージがある。

 この世界の魔術師たちが知らない、ゲームの知識だ。

 だったら、やるべきことは明確だ。

 闇雲な努力ではない。ゲーム知識を応用した、誰よりも効率的な訓練で、誰よりも早く強くなる。

 まあ、ステータス画面がないように、この世界がゲームとまるっきり同じではないようなので、ゲーム知識が通じない可能性もあるが、まずは一つずつ確かめていけばいいか。


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