장 7: 心をえぐる咲
에디터: Pactera-novel
本来なら彼女に回ってくるはずのない特権だったが、咲の前で困ったように可哀想ぶるたび、咲は優越感を満たされ、そのたびにその権利を彼女に譲ってやった。
咲の“施し”めいた振る舞いに、霞は嫉妬と嫌悪を覚えながらも、結局はそれにすがらざるを得なかった。
咲は小石を敷き詰めた庭の小道をゆっくり歩いていた。朝の光が降りそそぎ、彼女の姿をやわらかく照らしていた。
霞の言葉を聞いた咲は顔を上げ、どこか同情めいた目を向けた。「大丈夫よ、霞姉さん。秋山さんに会えなくても仕方ないわ。今のあなたの知名度じゃ、まだ届かないもの」
霞は「……」知名度が足りない……。胸の奥がじわりと傷んだ。
咲は話し方を知らないのか？
あれだけ遠回しに伝えたのに、どうしてこんな棘のある言い方が返ってくるの？
霞は胸の奥で憎しみを募らせながら深く息を吸い、バッグから化粧品の箱を取り出した。濃いメイクの顔に作り笑いを浮かべて言う。「そうそう、咲。前に渡した化粧品セット、あの小生意気なのに壊されたんですって？だから今回、特別にもう一セット持ってきたの」
咲はわずかに眉をひそめた。あの“ガキ”——それって哲也のことだろうか。
元の咲と霞は仲の良い従姉妹同士で、霞の前では寺島のことを平気で「小生意気なガキ」と呼んでいた時期もあった。
咲は化粧品を受け取り「どうも、霞姉さん」
霞の目がわずかに輝いた。咲が贈り物を受け取ったのなら、情けは人のためならず——きっと昭明にも口添えしてくれるはずだ。
しかし、一分……
二分……
そして十分経っても、咲はその話題にまったく触れなかった。
霞がもう我慢できずに口を開こうとしたその瞬間、咲が腕時計に目を落とし、先に言った。「霞姉さん、そろそろピアノの練習室に行かないと」
霞は「……」と言葉を失った。
咲の背中を見送りながら、霞はバッグをぎゅっと握りしめた。岡本邸を出た途端、ようやく冷たい笑みが浮かんだ。
以前は咲が岡本家の本物の令嬢だったからこそ我慢していた。でも今は“偽物”のくせに、まだあんなに傲慢だなんて！
そう思った瞬間、霞は迷いなく携帯電話を取り出した――。
岡本家は錦川市でも名門で、子どもの教育にはことさら熱心だった。そのため咲も、学校の勉強に加えて、幼い頃から音楽、ダンス、書道、礼儀作法といった習い事を一通り身につけさせられていた。
完璧に極める必要はなくとも、名家の令嬢たちと交流した際に話題についていけるよう、一通り身につけておくことは求められていた。
もちろん、咲は転生前は最上級の名門の令嬢だったため、岡本家で元の咲が習っていた内容より、はるかに多くのことを身につけていた。ただし、いくつかは方向性が少し異なっていた。
たとえば楽器なら、転生前の咲は古筝や古琴といった民族楽器を中心に習っていたのに対し、元の咲は主にピアノを学んでいた。
咲がピアノ室のドアを開けた瞬間、目に飛び込んできたのは楽器の並ぶ室内ではなく、ピアノの前に座る晶の姿だった。
ピアノ室は電気がついておらず、カーテンも閉められていて薄暗かった。黒いキャミソールドレスをまとった晶は、黒いピアノに溶け込むように座っている。もし彼女の腕や首があれほど白く際立っていなければ、咲もすぐには気づけなかっただろう。
咲はわずかに眉を寄せ、この空気の重さに思わず息苦しさを覚えた。
咲はカーテンを開けた。すると、外の青空と白い雲、緑の枝葉が一気に目に飛び込み、差し込んだ日差しがピアノ室を明るく照らした。
晶はゆっくりと目を上げた。どこか気だるげな表情のまま、「……なんで？」とつぶやいた。
唐突で、いかにも“大物”らしい簡潔な問いだったが、咲にはすぐ意味がわかった。晶が聞いているのは——昨夜なぜ罠を仕掛けるのをやめたのか、そして今朝なぜ自分が“偽物”だとあっさり認めたのか、その理由だった。
もちろん咲は、「私は本の世界に転生したの。あなたたちは小説の登場人物で、あなたが大物だと知っているから手は出せないのよ」——などと言えるはずがなかった。言ったところで、誰も信じるはずがない。
そこで咲は軽く笑ってごまかした。「たぶん転んだ拍子に、価値観がちょっと矯正されたのよ」
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