清葉の顔色がさっと変わった。もともと血の気のない顔が、雪のように真っ白になる。幾度となく悪夢の中で聞いたあの声が、今まさに現実となって彼女の目の前に現れたのだ。
彼女は反射的に目を閉じ、冷たくなった手足を必死に落ち着かせた。再び目を開けると、言葉を返すより早く、甘く艶めいた女の声が響いた。「彰人さん、晩餐会のお時間が過ぎてしまうわ」
庭園の扉が開き、深いVネックのロングドレスをまとった女が入ってきた。彼女は男の腕に軽く触れ、微笑みながら尋ねた。「彰人さん、この方は?」
「ああ、大した人間じゃない」男の声は低く、艶を帯び、語尾がわずかに上がる。その調子には、傲慢と支配する者の余裕が滲んでいた。
清葉は女を一瞥し、口元に冷たい笑みを浮かべた。
五年と五ヶ月と七日。彼女はその一日一日を、悪夢と絶望の中で生きてきた。だが、岩田家の高貴な長子にとって彼女は、ただの玩具であり、身分の卑しい犬に過ぎなかった。
彼女は低く笑い、哀れな自分を嘲るように息を吐いた。
岩田彰人の深く狭い瞳が、ふっと暗くなった。彼は隣の女へと視線を向け、低く命じた。「運転手に言え。お前を慈善パーティーまで送らせる」
「はい、彰人さん。先に行ってお待ちしていますわ」女は艶めかしく微笑み、不本意そうに執事に導かれて部屋を出て行った。
居間には二人だけが残り、空気が一瞬で張り詰めた。
岩田彰人の視線は、獲物を見据える黒い獣のように彼女を圧迫した。彼女が身を翻したその瞬間、男の声が響いた。
「健太が戻ってきたからか?」その声はいつものように冷たく、金属が床に落ちるような硬質な響きを持っていた。
清葉は立ち止まり、振り向かずに静かに答えた。「健太の病気が治ったら、私は出ていく。あなた方の名を汚すことはない」
彰人の眼差しが深まり、数年ぶりに見る小さな女の姿を見下ろした。背は伸び、肩に届くほどになっていた。顔立ちも整ってきたが、あまりに痩せている。
彼は鼻で笑い、怠惰な声で言った。「原田清葉、うちの名声を、お前ごときが汚せると思うのか?」
清葉の顔が青ざめた。そうだ、自分は何者でもない。それなのに、あの頃の彼は、このくだらない理由で自分を追い出した。彼にとって、あれはただの遊びだったのだ。
「どうした?五年経ってもまだ理解できないのか?」彰人は彼女の顎を掴み、息がかかるほど顔を近づけた。
清葉は無理やり彼の冷たく深い瞳を見つめ、手足が凍るように震えた。
少女の頃の淡い恋心と、長年の流浪の痛みが胸の奥で絡み合う。なぜ、どうして——彼はあんな仕打ちをしたのか。彼女は何年も答えを見つけられなかった。
「あなたはわざとだったのね」一語一語、噛みしめるように言った。あの出来事は偶然ではない。すべて、岩田彰人の手の中で仕組まれていたのだ。
彰人は長い指先で彼女の頬をなぞり、その瞳を底知れぬ暗さで染めながら、低く掠れた声で囁いた。「戻ってきたのなら、ちょうどいい。……俺はずっと、あの頃を懐かしく思っていた」
厚かましい。清葉は彼の手を振り払い、怒りに満ちた瞳で睨み返し、踵を返した。
「ふっ……」彰人は喉の奥で短く笑い、怠けたような声で言った。「忘れるな。お前の叔母と弟は、今も岩田家にいる」
清葉の身体がぴたりと固まった。
「五年前のあの夜、私が岩田家を出たあと、病院へ行った」彼女は振り返り、冷え切った身体を押さえつけるようにして、それでも一言一言をはっきりと言った。「検査を受けて、分析レポートを取ってある」
岩田彰人の端正な顔に、喜びも怒りも浮かばなかった。その瞳は古い湖のように深く、冷たかった。彼はゆっくりと歩み寄り、彼女の冷たい頬を掴んで、低く危うい声で囁いた。「原田清葉、僕を脅すつもりか? だったら、もっとたくさんのレポートを用意しておけ。——僕が、無料で協力してやるよ」