その日のチャリティーディナーには、清水家の全員と清水初実も招待を受けていた。
こうした場では、男性の服装はあまり気にされないが、女性たちはひそかに美しさを競い合い、それぞれがメイクやスタイリングに抜かりなく工夫を凝らしていた。
パーティーの開始は夜七時半だったが、もう午後三時には江花綾子たちは準備に出かけることになっていた。
清水初実が清水家の門を出ると、遠くに黒いベントレーが道端に停まっているのが見えた。
彼女は魂力を使って聴覚を研ぎ澄ませ、車内から清水柔と江花綾子の会話が聞こえてくるのを感じ取った。
「ママ、清水初実をディナーに参加させるのは分かるけど、どうして私たちと一緒にメイクやスタイリングに連れて行かなきゃいけないの?」と清水柔が言った。
「田舎育ちの子だもの、メイクも服の合わせ方も知らないわ。素顔でダサい格好のまま行かせた方がよかったんじゃない?」
「あなたもお人好しね」と江花綾子が苦笑した。「私たちだけ華やかに着飾って、彼女だけみすぼらしかったら、私が母親として意地悪してると思われてしまうじゃない。彼女に恥をかかせたと陰で言われるに決まってるわ」
「だから最低限きちんとした格好はさせておく。でもCrystalに着いたら、こっちの思う通りにできるわよ。」
「そのとき、一番下手なメイクアップアーティストをつけて、濃いメイクや安っぽいスタイルにしてもらえばいい」
江花綾子は冷たく鼻で笑った。「大丈夫よ、あなたの輝きを奪うことは絶対にないから。あの母親そっくりの狐顔で、今夜の清水初実はむしろ笑い者になるだけよ」
「さすがママ、やっぱり一番頼りになる!」清水柔は安心したように江花綾子に抱きついて甘えた。
Crystal?
なんて偶然だろう。
もともとお金を引き出すべきか迷っていたけど、これならお金は必要なさそうだった。
清水初実が近づくと、車内の二人はすぐに会話をやめた。江花綾子と清水柔は後部座席に並んで座り、清水初実には助手席に座るように指示した。
まるで自分たちが奥様とお嬢様で、清水初実は運転手と同じく連れてこられた使用人のような扱いだった。
「江花おばさん、私たちはどこに行くんですか?」清水初実はわざと無邪気に尋ねた。
「言っても分からないでしょうね」と江花綾子は鼻で笑い、清水初実が田舎育ちの何も知らない子だと内心で決めつけていた。「Crystalって知ってる?」
清水初実は困ったように首を横に振った。
「お姉さん」と清水柔は一見親切そうにしながら、密かに優越感を示して説明した。「Crystalは江市で一番有名で高級なプライベートスタイリングスタジオよ。トップスタイリストのエリソンが経営する唯一の店で、予約を取るのはとても大変の」
「今日そこでスタイリングしてもらうのも、ママが一週間前から予約してくれてたおかげのだ」
「じゃあ、そのエリソンが私たちのスタイリングをしてくれるの?」清水初実が尋ねた。
清水柔はそれを聞くと、思わず鼻で笑い、清水初実の無知をあざけった。
「まさか!エリソンがどんな人のスタイリングをするか知ってるか?すごく地位の高い人よ」
「エリソン本人はとても控えめで神秘的で、性格も冷たくて孤独だ。スタイリングはお金じゃなくて、完全にその時の気分や関係性次第だ。お金を積んでも予約はできないんだ」
「芸能界のトップ女優でさえレッドカーペットのスタイリングをお願いできないし、市内の名家の奥様方も毎回高額で依頼するけど、エリソンは全部きっぱり断る」
「そうか」
清水初実は静かに背筋を伸ばし、ふと思い出したのは、何年も前の英国での雨の夜。雨に濡れて震えていた少年が、彼女を見上げたときの反抗的な瞳だった。
思わず眉を上げ、あの子としばらく会っていなかったけど、どうしてあれからますます性格が悪くなったんだろう、と内心でつぶやいた。
三十分ほど経って、車は大きなガラス張りのフランス風の建物の前で停まった。外から見ても、その建物はひときわ高級感を放っていた。
白手袋をはめた従業員が後部座席のドアを開け、スタッフが慌てて駆け寄り、丁寧に挨拶した。「清水夫人、清水様、ようこそお越しくださいました」
そのスタッフは続けた。「奥様がお選びになった二着のドレスはすでにご用意しております。ジャスミンとヴィヴィアンも、奥様とお嬢様をお待ちしております」
スタッフは長袖Tシャツにブルージーンズ姿で車から降りてきた清水初実にはまったく目もくれず、彼女のことを運転手と買い物にでも行く使用人だと思い込んでいた。
「ええ、ご苦労さま」江花綾子はすっかり人に囲まれるのが当たり前の顔で言い、さらに指示した。「そうそう、佐々木さん、今日はもう一人連れてきたの。この子も今夜のパーティーに出るから、メイクとスタイリングをお願いしたいの」
「えっ?」佐々木と呼ばれたスタッフはやっと初実に目を向け、少し困った様子で言った。「あの……奥様もご存知の通り、当店の上級メイクアップアーティストは一週間前から予約が必要でして……」
「こんなふうに急にご来店いただいても、今対応できるのは通常のメイクスタッフだけになります。この方は二、三時間ほど順番待ちになりそうです」
「しかもドレスも、今店内にあるものから選んでいただくしかなくて……正直、質やデザインはあまり上等ではないんです」
江花綾子はまさにそれを望んでいた。
「いいのよ」綾子は寛大そうに手を振った。「じゃあ、まずこの子のドレスを選んで、それから順番を待たせましょう。清水初実、異論はないわよね?」
江花綾子の視線が初実に向けられた。初実はもちろん首を振り、きちんとした口調で言った。「私は何でも構いません。母上にお手数をおかけします」
——母上?清水という姓?
これを聞いた佐々木は驚き、何か重大な噂を知ったようだった。
彼らは上流階級専門のサービスをしており、名家の内情にも通じていた。清水家には清水柔という一人娘しかいないはずなのに、なぜこの地味で古い服を着た女の子まで江花綾子を母上と呼ぶのか?
どうやら、また江市の上流社会に新たな噂が広がりそうだった。
佐々木は心の中でつぶやきながら、手を差し出して清水初実を中へ案内した。
スタジオは広く、いくつかのエリアに分かれていた。綾子が先ほどドレスを選ぶと言ったので、佐々木は一行を衣装エリアに案内した。
「奥様、こちらご覧ください。ご自由にお選びいただけます」
清水初実の前には、何列もの衣装ラックが並び、カラフルなドレスがぎゅうぎゅうに掛けられていた。
さっき佐々木が言った通り、これらのドレスは質感もデザインも本当に高級とは言えず、だからこそこんな雑に並べられているのだろう。
江花綾子はざっと一周してから、適当に一着のロングドレスを引き出した。「これがいいわね。これにしましょう」
佐々木がドレスの姿を見たとき、思わず尋ねた。「...奥様、本当にこれでよろしいのですか?」
江花綾子が手に持っていたのは、サテン生地のショッキングピンクのロングドレスだった。
ショッキングピンクは肌が黒く見えたり老けて見えたりしやすい色で、女優でもこの色を着るとたいてい悲惨な結果になる。田舎くささが際立ってしまった。
しかもサテン生地のドレスは素材の質が重要だが、このドレスは手に取った瞬間に安っぽさが伝わった。
デザインや細部は言うまでもない。ロングドレスなのにウエストの切り替えすらなく、見た目で体重が10キロも増えて見えるほどだった。
この清水奥様はいつも目が肥えているのに、清水初実のドレスを選ぶときだけは驚くほど適当だった。まるでわざと彼女を醜く見せたいかのようだった。
「これでいいわ」江花綾子はドレスを佐々木に手渡し、意味深な視線を送った。「あとはお願いね、彼女に経験豊富なメイクアップアーティストをつけてあげて」
「はい、かしこまりました、奥様」佐々木は江花綾子の意図を即座に察して返事した。「ご安心ください、この方を“しっかり”お世話させていただきます」