「ふむ。悪くないな」
次の日、アリアの私室に来た俺は開口一番に微妙な評価をくだされる。
評価したのは俺の服装だろう。
上にはシャツと黒のロングコートを、腕には七色に光るガントレット、下には黒のズボンと黒い鋼のサバトンを着ていた。
完全に戦闘服だ。このコートもズボンも軽いが、かなり丈夫な繊維で出来ている。
「これで……なにを倒せばいいんだ?」
「それは貴様の物語通りの敵を倒せばよかろう。最初はなんであったか」
無表情に聞いてくるアリアに、俺は頬を掻きつつ記憶を巡った。
「えっと……たしか魔獣騒ぎで困ってる村を助けるんだ」
「それはどこだ?」
「えっ、わかんない」
「阿呆か貴様」
アホと言われて、俺はガクっと首を下げる。
だって仕方ない。文章ではたしかに書いたものの、村の名前や地図などは作っていない。
それは主にエカチェリーナが指示し、他の仲間――勇者パーティに先導されて赴いたからだ。
ここに来て設定の甘さが問題に繋がるとは思ってなかった。
「う、うーん、帝国領内なのは確かなんだけど……」
「何か手がかりを思い出せ。なんでもよい」
言われて、俺は考えた末にはっとする。
「そうだ! 冒険者ギルドに確認すればいいんだ!」
ファンタジーものの定番、冒険者ギルドには様々な依頼があるだろう。
その中で魔獣討伐の依頼を探せば話は前進する。
俺は目を輝かせて言うが、アリアは眉を顰めた。
「なんだそれは?」
「えっ、冒険者が集まって、依頼とかを請け負う場所なんだけど」
「そんなものはない」
あんぐり、と俺は口を開ける。
えっ、ないの? 冒険者ギルド……。
「魔獣討伐などの問題が起きた場合、その場所を治める者にまず話がいく。なんのために我々貴族が領地を治めていると思う? 出兵の必要があるために我々貴族が兵士を雇っているのだ」
「えっ、ほら、じゃあ珍しい薬草とか取りに行くとかはどうするんだよ!」
「そんなものはそれを職業とする者が勝手に取りに行き、勝手に商人が買い取る。魔法に必要な薬草などは常に我々が買い取ってはいるが、ボウケンシャなどと呼ばれる職業は存在しない」
「ウッソだろ」
小説の設定の根幹とも言うべき話を否定されて、俺はその場に崩れ落ちた。
だってロマンあるじゃん……。冒険者! 未開の地を冒険して、魔獣とか珍しいものとかを探して生きていく。
そうして強くなったり、冒険者ランクを上げたりするのが楽しいんじゃん!
「そういう輩を根無し草というのだ。いざ戦が始まればどちらにつくかわからん連中を放っておくわけがなかろう。力があるのなら軍で取り立て、椅子に座らせておくのが定石だ」
「そ、そんなぁ……。じゃあ勇者パーティはどうなってんだ?」
「パーティ……? 催しが好きなのか?」
「もうめちゃくちゃだよ!」
俺は頭を抱えて叫ぶ。
もはやパーティという概念すらないらしい。
とすれば……と、俺は疑問が浮かんでアリアに聞く。
「じゃあどうやって魔王を倒すんだ?」
「魔王か。そんな話もあったな。我が家からも相当な兵力を割いてはいるが、現状は膠着状態だ。詳しいことは父上が知っているだろうが今は帝都におられる」
「なんか、他人事みたいだな……」
「戦場から遠い地にいれば貴族だろうと平民だろうとそうなる。魔王軍を恨む者でない限りは近づきたくもないだろうよ。貴様とて勇者だからという理由だけで命を賭して戦えるか?」
問われて、俺はぐっと唸った。
もし俺が今、魔王をぱっと倒せるくらいの力があるならそうするかもしれない。
けれど、主人公は様々な冒険をして力を手に入れた末で魔王を倒せるという筋書きだ。
今、俺が意気揚々と戦場にいっても、物量で圧されて殺されるだけ、という謎の自信がある。
それは魔獣を一匹倒したことで得た、自分の力の認識から来るものだった。
俺はまだ、目の前の人――それも一人を救うだけで精一杯のただのガキだ。
「うぅ……」
俺が自分の不甲斐なさに落ち込む。
すると、アリアは俺に近づいてきて、持っていた扇子で俺の顎を上げた。
「よい。己の力を正しく評価するものは生き残れる。貴様はこの世界に放り投げられ、ほんの少しの力を与えられたただの人間だ。それを忘れるな」
「あんまり嬉しくない……」
「死に急ぐ者など愚かでしかないと言っているのだ。それに、私にも考えがある」
えっ、と俺が目を見開くと、アリアはにやりと悪そうな笑みを浮かべる。
「貴様のいう冒険者――根無し草になってみるのも良いだろう」
「路頭に迷えって言ってる?」
「ふふっ、それもまたよい。貴様とならばな」
「おい、まさか……」
嫌な予感がした。このアリアという少女は常に予想の斜め上の発想をしてくる。
「私と共に冒険とやらに出立するぞ。なに、金はある。貴様も賊くらいは捻り殺せるだろう。私を守りながらその物語を探すとよい」
獰猛な目の輝きを見せながら言うアリアに、俺は言葉を失うのだった。
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