美咲は驚いた。
恐怖が心に駆け上がり、彼女は必死にそれを抑えつけた。
来るべきものは必ず来る。
何度も深呼吸をした後、ようやく背筋を伸ばして大広間に足を踏み入れた。
しかし、彼女のいわゆる勇気は、大広間にいる人を見た瞬間に消え去った。
ソファに座った秋山彰は、片手で額を支え、もう一方の手を組んだ長い脚の上に置き、細長い人差し指でリズミカルに、そして何故か恐ろしく響く音を立てていた。
冷たい眼差しを向けると、薄い唇から冷笑が漏れた。
「秋山奥様はようやく帰ってくる気になったのか?」
その一言で、美咲は全身が冷たくなった。
恐怖を押し殺しながら顔を上げると、男の無感情な目に落ち込んでいった。「私は…」
「兄さん、そんなに怖い顔しないでよ」
軽やかな男性の声が割り込み、二人の会話を遮った。
美咲は声の方を見た。男はブルーとホワイトのチェック柄シャツに黑いズボンを着て、栗色の短い髪は少し巻いていた。端正で爽やかな顔立ちは、ソファに座っている人と五分ほど似ていたが、まだあどけなさが残っていた。
彼女が驚いていると、男はすでに彼女の前にいた。
聡は美咲の周りを一周して、すぐに笑顔になり、白い歯を見せた。「お兄さんの奥さんだね?」
美咲が警戒して彼を見ていると、彼は手を差し出した。
「はじめまして、僕は秋山聡。君の旦那さん、つまりこの氷山顔の弟だよ」
美咲は唇を引き締め、返事をしなかった。
彼女が反応しなくても、聡は気にせず自然に手を引っ込め、言った。「前から聞いてたよ。兄さんが病弱な奥さんと結婚したって。でも実際見ると、あの人たちの言うことは全くのデタラメだね!」
彼は身をかがめて美咲の顔に近づき、無邪気な笑顔を浮かべた。「お義姉さんは明らかに美人じゃないか。病床に横たわっていても、それは眠れる美女だよ」
「……」
「そう思わない?お義姉さん」
彼の熱心さに、美咲はようやく少し戸惑いを見せた。
慌てた目でその肩越しに、ソファに座る男と視線を合わせた。
聡は彼女の視線を追って振り返り、無奈に言った。「ああ、僕がここにいるのに、二人ともまだラブラブしてるなんて。本当に、人を生かさない仲の良さだね…」
「聡」
彰はようやく声を出し、冷たい眼差しと冷ややかな口調で言った。
「父さんと母さんが本邸で待ってるぞ」
さすが兄弟、彰のこの言葉の追い払う意図を聡はすぐに理解した。
彼は不満気に兄を一瞥し、美咲に向かって再び笑顔になった。「お義姉さん、用事があるから先に行くね。また今度会おう」
美咲は無理に笑みを作った。「さようなら」
聡が出て行くと、広大なリビングは死のような静寂に包まれた。
彰は目を上げ、怪我で青ざめた顔は極めて冷淡だった。「昨夜どこにいた」
どう言えばいい?竜也兄さんと一緒にいたと言うべき?
いや、この男が彼女を信じるわけがない。それに竜也兄さんのことも…
美咲は手のひらを強く握りしめた。「中村家に帰っていました」
「ふん」
その冷笑には、男特有の軽蔑と高慢さがあり、まるで彼の前にいる人間は虫けらのように、彼が踏みつけ、辱めることができるかのようだった。
「嘘をつくようになったな」
彼の声は冷たく透き通り、恐怖が美咲の心臓を貫いた。
背中から汗が滲み出る中、彼女は首を振った。「嘘じゃありません」
「嘘じゃない?」彰の細長い目の底には、明らかな軽蔑と皮肉が満ちていた。「美咲、外でそんなに楽しんでいたから、自分が傷つけた夫のことを忘れたのか?」
昨夜の光景が鮮明によみがえり、美咲は顔色を失い、唇が制御不能に震えた。「あなたが...あなたが先に私を強制したんです!」
彼女が手を出したかったわけではない!
彰は急に立ち上がった。完璧なプロポーションの体は圧倒的な存在感を放ち、これほどの距離があっても、美咲は威圧されて一言も話せなくなった。
彼女の全身が凍りついたようで、彼がゆっくりと近づく足音の中、少しも動くことができなかった!
彰はすでに彼女の前に立ち、冷気を帯びた手が彼女の首に触れた。
美咲はこわばったまま、顔を上げて彼を見た。
彼は少し身をかがめ、その美しい唇を彼女に近づけ、彼女の唇の一センチ手前で止まった。
言葉は曖昧に響いた。
「思い出させてやろうか。お前と俺は夫婦だ。俺がお前に何をしようと、それは当然のことだ」