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1.54% 翡翠の令嬢は、名門の寵妻になる / Chapter 6: 下衆の勘繰り

Capítulo 6: 下衆の勘繰り

Editor: Pactera-novel

立川は名古屋でもかなり有名なジュエリー会社だ。

詩織がここを訪れたのも、その名に惹かれてのことだった。

少なくとも、ここでは偽物を売ったり、客を騙したりすることはない――そう思えたから。

店に入るとすぐ、笑顔の店員が歩み寄ってきた。詩織の質素な服装を見ても、態度を変えることはない。

「いらっしゃいませ、お客様。何かお探しでしょうか?」

歯並びの整った笑顔がまぶしい。この接客態度こそが、立川ジュエリーが名古屋で評判を得ている理由だった。

「客は神様」という言葉がまだ浸透していないこの時代に、立川はすでに一歩先を行っていた。

「えっと……玉石を見たいんです」詩織は軽く会釈して答える。

「かしこまりました。こちらへどうぞ」

店員は右手を伸ばし、店の右奥にあるショーケースへ案内した。

ガラスケースの中には、羊脂のような艶を放つ白玉、そして翠色に輝く翡翠が並んでいる。

――かわいい。

かわいい?

思わずそんな言葉が浮かび、詩織は自分で首を傾げた。

玉石に“かわいい”なんて、どうしてそんな言葉が出たんだろう。

 「お客様、こちらの『リーフモチーフ』はいかがでしょう?今年の人気デザインなんですよ」

「……うん、見せてください。」

疑問を振り払うように、詩織は頷いた。

形なんてどうでもよかった。

今の目的は、自分に異能があるのか――それを確かめること。

店員が取り出したのは、葉っぱの形をした和田玉だった。

受け取った瞬間、詩織の胸が高鳴る。

(……何も起きなかったらどうしよう)

そう思いながらも、玉にそっと触れる。

指先に伝わる滑らかな温もり。悪くはない。でも――自分のあの指輪ほどではない。

そのときだった。

「出た……!」

詩織の手の中で、白い光の粒がふわりと浮かび上がった。

前に玉環を触った時と同じ光――ただ、少し小さい。

(やっぱり……! 本当に、私……異能を持ってるの?)

胸がドクンと跳ねた。けれど、すぐに疑問が湧く。

(でも……この力、いったい何?)

「お客様、こちらのリーフ、いかがですか?」

「えっ? あ、はい。とっても綺麗ですね。」

はっとして顔を上げ、何でもないふりをして答えた。

(しまった……!見とれてたら、店員さんに怪しまれるじゃない)

ちらりと店員をうかがうが、彼女は何も気づいていない様子。

――見えているのは、やっぱり自分だけ。

安心と同時に、どっと冷や汗が流れた。

「このリーフは今年の流行デザインで、特にお客様くらいの年代の方に人気なんです。お値段もお手頃ですよ。ちなみに、これは最後の一点なんです」

(……最後の一点、か)

詩織は苦笑した。

「お手頃」と言っても、彼女の財布には五元しか入っていない。

どんなに安くても、百円の翡翠なんてあるわけがない。

「ちょっと考えます」とでも言おうとした瞬間――

横から伸びてきた真っ赤なマニキュアの手が、すっと玉をさらっていった。

「このリーフ、私が買うわ」

艶っぽい声。けれどその態度はあくまで横柄だった。

突然奪われて唖然とする詩織の耳に、さらに挑発的な声が刺さる。

詩織が手から葉っぱを取られたことに反応する前に、その葉っぱを奪った女性がさらに言った。 「……あら、夏目詩織じゃない?『万年ガリ勉』のお嬢さんがジュエリーショップに来るなんて珍しいわねぇ。入院してたんじゃなかった?ストレスで学校に行きたくないとか?」

……ああ、この声。間違いない。

詩織は額に手を当てた。

何年経っても、彼女――鈴木紅葉(すずき こうよ)の顔と声だけは絶対に忘れない。

高校三年間、どこに行っても紅葉は彼女の前に現れ、冷たい皮肉を浴びせてきた。

詩織にはわからなかった。自分のような極めて平凡な学生がなぜこんな大物の注目を集め、会うたびに皮肉を言われるのか。「万年ガリ勉」というあだ名を流行らせた張本人も、もちろん玉だ。

(はあ……またこのパターンね)詩織は深く息を吸い、笑顔を作った。

「紅葉、ジュエリーを買いに来たの?」

――相手にしない。

彼女は裕福な家のお嬢様。私は普通の家庭の娘。それだけの違い。(ムキになるだけ損だわ。)

それに、あのリーフのペンダントは買うつもりもなかった。

ちょうどいい、これで堂々と店を出られる。

「そうよ、毎週末買いに来てるの。見て、この指輪もバングルも素敵でしょ?あなたには眺めるのが関の山ね」

紅葉は自慢げに腕を掲げ、指先をひらりと動かした。

「このリーフ、包んでちょうだい」

「えっと……」販売員は困ったように詩織の方を見た。

「構いません、彼女にどうぞ」

詩織は柔らかく微笑んで言った。(ああ、成長したな、私)

十七歳の頃の自分なら、たとえお金がなくても意地を張っていただろう。

紅葉にだけは負けたくない――そう思って、無理にでも買っていたはずだ。

紅葉を見ると、まるで昔の自分を見ているようで少し笑えてくる。(結局、気持ちの問題なのね)

今の彼女からすれば、紅葉の挑発なんて子供のわがままにしか見えなかった。

「な、なによ……気に入らなかったの?」

紅葉が目を泳がせる。

(……あら、思ってた反応と違う?)

彼女は詩織が怒鳴り返すのを期待していたに違いない。

なのに詩織は落ち着いている。

「気に入ってるわよ。でも、あなたが欲しいなら、私は奪わないわ」詩織はくすりと笑って肩をすくめた。

――まったく、この紅音という子は。

どうやら本当に子どもっぽい性格らしい。

争えば争うほど燃えるタイプ。

だから逆にこうして譲ると、急に調子が狂うのだろう。

「じゃ、じゃあいいわよ! あんたがいらないって言うなら、私もいらない!あんたの残り物なんて、私が拾うと思う?」

紅葉は勢いづいたまま、顔を真っ赤にして言い放った。

販売員の女性はというと、目の前の光景にただただ困り果てている。

その時だった。

「何かあったのか?」

落ち着いた男性の声が背後から響く。

「社長」販売員がびくっと肩を震わせ、すぐに姿勢を正した。軽く会釈しながら、慌てて説明を口にする。

「い、いえ……特に問題はございません。ただ、お二人のお客様が少し玉石についてお話を……」

――「子供の喧嘩です」なんて言えるわけがない。

立川ジュエリーの販売員は皆、心得ている。

顧客は神様。そして、神様の前で余計なことを言うのはご法度。

それに、この男性はただの客ではない。

彼は「神様の上の存在」、つまり――販売員にとっては「神の親」とも言える人。

立川ジュエリーの最高責任者、彼女たちの“ボス”なのだ。


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