Capítulo 3: 2年前に戻る_1
Editor: Inschain-JA
二十三年前——宮崎明人は法律を学びながらも、俳優を夢見るごく普通の大学生だった。
二十歳の彼は、その夢を諦めきれずにオーディションを受け続けていた。そしてある日、十歳年上で、すでに何冊もの小説を出版し、名声を手にしていた美人作家・時田美咲と出会った。
美咲の作品は、感情の機微を丁寧に描き、人々の心に深く響くものだった。誰もが彼女の物語の中に、自分の影や、失われた感情の居場所を見つけられた。
彼女の小説は多くの人を泣かせ、青春の記憶そのものとして語り継がれていた。
後にその作品は次々とドラマや映画に映像化され、大ヒットを記録した。
彼女の原作に出演すれば、主役でも脇役でも必ず売れる——そんな時代があった。誰もが、時田美咲の作品に出たいと願っていた。
宮崎明人は幸運にも、そのうちの一作で三番手の男性役に抜擢され、俳優デビューを果たした。
そして次の作品で主演を務め、一気に大ブレイクした。
一方で、美咲はその後も発表ペースこそゆるやかだったが、作風を変えながら常に話題作を生み出し、今もなお「金字塔的な作家」と称されている。
だが、二人が再び仕事で関わることは二度となかった。決裂したという噂が流れ、お互いについて語ることもなくなった。
二人の不仲にはいくつもの説があった。
中でも有名なのは、美咲が明人を平手打ちする瞬間を週刊誌に撮られた件だ。それが決定的な証拠とされ、業界では“絶対に同じ場に呼んではならない二人”として知られていた。
だが、まさか——彼らが結婚していて、しかもあんなに大きな息子がいたとは。その後、互いに名前を口にしなかったのは、不仲ではなく離婚していたからだった。
報道が出るや否や、世間は大騒ぎになった。
誰もが本人たちのコメントを待っていたが、そんな余裕は誰にもなかった。
不老のイケメンと呼ばれた宮崎明人は、一夜にして髪に白いものが増え、まるで数歳老けたようだった。
彼は憔悴した体を押しながら警察に協力し、犯人を見つけるために奔走した。同時に、両親や美咲のことも気遣い、すべてを抱え込んだ。
今の時代、監視カメラはいくらでもある。だからこそ、すぐに犯人が見つかると思われていた。しかし、いくら調べても核心には届かず、容疑者ばかりが増えていった。時田望の携帯電話さえ、見つからなかった。
遺体が見つかった場所は第一現場ではなく、遺棄現場だった。水に投げ込まれる前にすでに死亡しており、検査の結果、家庭用の水、つまり誰かの家で溺死させられていたことが判明した。
抵抗の跡はなく、犯人は顔見知りの可能性が高いとされた。
だが、そこから捜査は止まった。事件は進展せず、それでも葬儀の準備だけは進めなければならなかった。
美咲は一言も話さず、ただ調査結果を待ち続けた。けれど、待っても待っても結果は出なかった。
七日が過ぎた頃、明人が望の火葬と葬儀を行うと言ったとき、美咲は首を振った。
「私は署名しない。望の身体に触れないで。私が彼を救うから」
周囲は皆、美咲が正気を失ったと思った。明人でさえ、彼女に縋るように言った。
「もうやめよう、美咲さん。……まだ僕がいるだろう？僕はずっとお前を待ってきたんだ。お前も分かってるだろう……」
「私は望を救えるの。救うのよ」
美咲は明人を押しのけ、家に戻って鍵をかけ、誰も入れなかった。
明人は心配で、窓から中を覗いた。しかし彼女は机に向かい、黙々とキーボードを打っているだけだった。
彼女は眠らず、休まず、ただ書いていた。事件の経過を尋ねながら、ただひたすらに書き続けた。
梅田美月は玄関で彼女を責めた。「望を土に返さないなんて、どういうつもりなの。死んだ子をいつまで縛っておく気？」その声には怒りと悲しみが入り混じっていた。
明人は彼女を宥めようとしたが、美咲は何も聞こうとしなかった。
「私は狂ってなんかいない。望を生き返らせることができるの……」
美咲には、誰にも話したことのない秘密があった。
彼女の書く文字には、ある特殊な力が宿っていた。特定の条件が揃ったとき、それは現実になるのだ。
彼女は物語の中で現実を書き換え、登場人物の運命を変えられる。
それが、十代の頃から現在まで、彼女が一度も時代に淘汰されなかった理由だった。
今回は、その力を使って、息子の死をなかったことにする。時間を遡り、現実そのものを変えるつもりだった。
ただし——現実を文字で変えるには、必ず筋が通っている必要がある。
だからこそ彼女はずっと調査結果を待っていた。犯人を突き止め、物語として成立させて救うために。
だが、時間は待ってくれなかった。残された猶予は、わずか十五日。その間に変えなければ、すべてが確定してしまう。
彼女は自分で動くしかなかった。事件の起きた日から書き直し、さらに数日前に戻して書き換えた。
だが、どう書いても結末は変わらなかった。何度書いても、息子は死んだ。
丸一週間、彼女は書き続けた。成功しなかった。そして捜査結果も出なかった。
彼女は文章の中で現実を変えることができるが、何を変えるには何を犠牲にするか、全てには定めがあり、思い通りに変えられるわけではない。
美咲は思い知らされた。自分は、息子のことを何も知らなかったのだと。息子の友人関係も、学校での姿も、心の中も、何一つ。
彼女はあらゆる方法を試したが、結末は同じ。息子は、何度書き換えても死んでしまう。
七日八夜が過ぎ、残された時間はわずか。彼女の身体は限界に近づいていた。
最後の瞬間まで、捜査に進展はなかった。そして彼女も、何の手立ても思いつかなかった。時間は、二年前まで遡っていた。
——二年前。望は高校三年生になったばかり。まだ何も起きていなかった。水を怖がることもなかった。
「そうだ……二年前からやり直せばいい。望を守って、水への恐怖を残さないようにすれば……もしまた何かあっても、きっと助かる……」
美咲は最期に、最も古典的で非現実的な方法を選んだ。
「二年前に戻って、望のそばにいる。ずっと彼を見守り、守り抜く。犯人を見つけ、彼の命を救う」
充血した瞳のまま、彼女はつぶやいた。「どうすればずっと望のそばにいられる？国語の先生になる？……だめね。クラスメイト、同じ席の子になるしかない。そうすれば一緒にいられる……」
「でも……この歳で、どうやって……？」
美咲は震える指でキーボードを叩いた。
「時田美咲は息子を守るため、残りの命を代償に二年前へと戻り、十八歳の姿で時田望のクラスメイトとなり、彼の隣で生きる」
絶望の中で見つけた、たった一つの道。そう打ち込んだ瞬間、眩い光が彼女を包んだ。耳元で声が響く。
「残りの命を代償に、二年前に戻り、時田望を守りたいと願いますか？」
「はい！」
「もし任務に失敗すれば、あなたは永遠に死にます。それでもよろしいですか？」
「はい、構いません！」
ためらいもなく、美咲は答えた。
望が生き返るなら、何だって構わなかった。
その言葉を最後に、美咲は意識を失った。
外では、明人がずっと見張っていた。食事を運ぶのも、彼の役目だった。
彼もまた眠らず、彼女を見守っていた。だが、その日だけは、ほんの一瞬、眠ってしまった。
目を覚ましたとき——部屋は静まり返っていた。何の音もしなかった。
明人はドアを破り、駆け込んだ。そこには、パソコンの前で息絶えた美咲の姿があった。
艶やかな黒髪はすべて白くなり、若々しかった肌は光を失い、皺が刻まれていた。
ノートパソコンの画面には、ただ一枚の写真。
陽だまりの中で、頬を染めて笑う望の姿。小さなえくぼが浮かんでいた。
美咲は、息子の死から半月後——自宅の別荘で静かに息を引き取った。
宮崎明人は一夜にして白髪になり、芸能界を引退した。
母と息子の葬儀は一緒に行われることになった。だが、火葬の前夜——二人の遺体は忽然と姿を消した。
明人は狂ったように探したが、見つからなかった。
宮崎明人、時田美咲、そして時田望——彼らに関するニュースは、一ヶ月以上も世間を騒がせた。
彼らの過去が次々と暴かれ、語られ続けた。
そしてその日。主人公・時田美咲は二年前の世界で、再び目を覚ました。
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