บท 2: 家族のぬくもり
บรรณาธิการ: Pactera-novel
「中島先生、早く！うちの娘を見てください！」
最初に病室へ飛び込んできたのは、詩織の母だった。顔には焦りが浮かび、医師の袖をぐいと掴むと、そのままベッドのそばへと引っ張っていく。
「はいはい、落ち着いてください。」
白衣をぐしゃぐしゃにされながらも、中島先生は苦笑いを浮かべ、しぶしぶベッドへと歩み寄った。
一通りの診察を終えたあと、中島先生は聴診器を外し、困ったように母へ言った。
「木村さん、娘さん、本当に何の異常もありませんよ。」
「でも、さっきちょっとぼんやりしてたのよ？頭を打って、おかしくなったんじゃ……」
母はまだ不安げに眉を寄せる。
倒れて頭をぶつけたのなら、あり得る話だ。
もともと勉強が得意な子ではないのだ。もし本当に脳に何かあったら――それこそ一大事。
机に向かってメガネをかけ、必死に教科書を睨みながら、
一文字も頭に入らず苛立っていた娘の姿を思い出しただけで、母の背中に冷たい汗が伝う。
だめ、ちゃんと検査しなきゃ！
「お母さん、ちょっと、何してるの。私は大丈夫だってば！」
ようやく状況を理解した詩織は、呆れたようにため息をついた。
自分のどこが病人に見えるというのか。頭がおかしくなった人間が、こんなに冷静なはずがない。
「なに言ってるの。自分で平気って言ったら平気になるの？！」
母は娘の言葉を軽く受け流し、再び医師を見つめた。
「先生、本当に何も問題ないんですか？」
「木村さん、本当に何もありません。」
何度も同じ説明を繰り返した中島先生は、ついに両手を頭上に上げて見せた。
「もうこれで信じてください！」
その大げさな仕草に、詩織は思わず吹き出してしまう。
「ほら、笑いましたね。それなら大丈夫だ」
先生もつられて微笑んだ。
そういえば、この先生にはずっと世話になっていたけれど、
こんなにユーモラスな顔を見たのは初めてかもしれない。
――少し、印象が変わった。
「……本当に大丈夫なのね。よかった」
母はようやく胸をなでおろし、深く息をついた。
どうやら本当に心配のしすぎだったらしい。
「お母さん、ほんとに大丈夫。少し休めば平気」
詩織は少し甘えるような声で言った。こんなふうに母に話しかけるのは、いつぶりだろう。
一年ぶり？二年ぶり？大学に進学してから、こんな口調で話したことはなかった。
「わかったわ。じゃあ、私は外でお父さんを探してくるわね。迷わないように迎えに行かないと。」
娘の顔色が戻ったのを確認すると、母はほっとしたように立ち上がった。
「うん、行ってきて」
ちょうどいい。詩織は確かめたいことが山ほどあった。
胸の奥がむずむずして、居ても立ってもいられない。
母と医師が病室を出た瞬間、詩織はベッドから飛び起きた。
部屋中を引っかき回し、ようやく引き出しの中に一台の携帯電話を見つける。
電源を入れると——
2007年5月10日。
「……本当に……本当に戻ってきたんだ……！」
携帯を抱きしめ、詩織はベッドの上に転がり、顔に馬鹿げた笑みを浮かべた。
詩織は携帯を胸に抱きしめ、そのままベッドに転がり込んだ。顔が自然と緩んでいく。
「ふふ……ふふふ……夏目詩織、重生成功！」枕を蹴りながら、どうしようもなく嬉しくて、声が漏れた。
ようやく落ち着いた頃には、あくびが込み上げてきて、
そのまま毛布にくるまって眠りに落ちた。
夏目父さんが病院に着いたのは、その少しあとだった。お母さんはすでに外で三十分ほど待っており、携帯は病室に置き忘れたまま。外の売店で買い物をしていたちょうどその帰り道、二人は偶然鉢合わせた。
「木村七海（きむら ななみ）、詩織は大丈夫なのか？」
タクシーから降り立った凌軒は、肩に旅行鞄を下げていた。
金縁の眼鏡の奥に見える瞳は優しく、けれどその顔には疲労と心配の色が滲んでいる。年齢は四十を超えているのに、穏やかで柔らかな雰囲気のままだった。
「ええ、大丈夫よ。先生が何度も太鼓判を押してくれたわ」
妻の言葉を聞き、彼はようやく胸の奥に張りつめていた糸をゆるめた。
「そうか……よかった。電話をもらったとき、学会を放り出してきたんだ」言いながら、軽くため息をつく。娘の無事を知り、その肩が少し落ちた。
「学会を抜けて大丈夫なの？」
七海は不安そうに眉を寄せた。
あの研討会は、簡単に参加できるものではない。夏目健斗（なつめ けんと）だって、ようやく得た貴重な機会だった。
「平気だよ。上司にもきちんと話してきた。娘のこととなれば、仕方ない」
そう言って、健斗は小さく微笑んだ。
「……あなたがそう言うなら、私も何も言わないわ」
七海もつられて笑みを浮かべた。几帳面で原則を大切にする夫――そんな彼が、自分の原則を曲げてまで娘を優先してくれる。その事実が、何より嬉しかった。
（やっぱり、この人と一緒でよかった……）
「行きましょう。たぶん詩織はもう寝てるわ。静かにね」
「ああ、わかっているよ」
二人が病室に戻ったあと、夜通し、ベッドの傍で見守っていた。東の空が白み始める頃、ようやく母は立ち上がり、朝食を買いに出かけた。
――退院は翌日だった。
病院で一日を過ごし、夏目家の娘はまるで「特別病室」のような待遇を受けた。
笑い声の絶えない病室。
詩織は何度も思った――これは夢なんじゃないか、と。
目を覚ませば、あの冷たくて狭いワンルームに戻っているんじゃないか、と。
だが、夢ではなかった。
一家三人で病院をあとにした詩織は、家の前に立った瞬間、思わず息を呑んだ。
（やっぱり、家っていいな……）
7年後、詩織はあの2LDKのアパートを思い出すたびに、あの時もっと大事にしていたら、後の衝突もなかったかもしれないと思わずにはいられなかった。
7年後の家と比べると、今の家こそが本当の家で、今の家族こそが本当の家族だった。
7年後の家族も気遣いはあったが、皆が忙しくなり、言葉を交わすことも減ってしまった未来では、もう感じられない温かさだった。
「詩織、少し休みなさい。お母さん、市場に行ってあなたの好きなもの買ってくるわね」
家に帰るなり、お母さんはすでに外出の準備を始めていた。娘が帰ってきたのだ。ご馳走でも作ってあげたい。
「お母さん、私も行くよ」
「何言ってるの。あんな人混み、あなた嫌いでしょ？いいから家で休んでなさい。それより、お父さんがあなたにお土産を持ってきてるわ。見てみなさい」
「えっ、本当？！」
お土産という言葉に、詩織の目がぱっと輝いた。
父は小学校の教師だが、博士号を持つほどの学識者。よく全国の学会や研修に呼ばれて出張しており、そのたびに何かしらのお土産を買ってきてくれるのだった。
―そういえば、いつもそうだった。
父が帰ってくるたび、必ず「おみやげは？」と甘えていたっけ。
今回は何だっただろう。
文房具？それとも――。
記憶の中ではもう霞んでいたが、懐かしい幸福感だけは、鮮やかによみがえっていた。
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