章節 11: 第11章 彼女を車に乗せて
車の窓が下りる。渡辺和輝は片手をハンドルに置き、もう片方の手で口にくわえていたタバコを窓の外に投げ捨てた。機嫌が良くない様子だ。「乗れ」
石川美雪は先ほど石川家で勇気を振り絞って一戦を勝ち取ったばかりだ。今は戦意を失くし、この男を恐れる気持ちが少し心に残っていた。
前世では彼女はここで車に乗ったのだ！
「結構です。ありがとう。一人で歩きたいんです」美雪は無意識にそう言って、前に歩き続けた。
和輝の車が追いかけてきて、車の前部で美雪を道端に追い詰めた。
彼はドアを開け、降りてきて美雪を車内に引っ張り込もうとした。「別荘に行きたくないなら、姉さんの家に送るよ」
姉さん？美雪は一瞬固まった。渡辺沙織、前世では彼女に優しくしてくれた人だ。だが残念なことに、結局は和輝の姉だ。今世では関わり合いにならないだろう。
ドアを見て、美雪はようやく記憶から目覚めた。彼女はドアに手をついて、和輝の手から逃れようと必死だった。二十代の男性の腕力は強く、振り払うのは難しい。
車に乗りたくない、和輝と二人きりで車に座りたくない。「離して！このままだと警察を呼びますよ」
「家に着いてから通報すればいい。一人でこの山道を歩くのは危険だ」
「構わないでください」美雪は振り払えず、彼の腕をつかんで思いきり噛みついた。前世の屈辱がこの瞬間に溢れ出し、歯がゆっくりと閉じていく。歯の間に鉄の味が広がった。
これで、彼への恨みを完全に手放そう。
和輝は手を離し、眉をひそめて白いシャツを通して見える腕の血痕を見た。
そのとき、後ろから別の車のハイビームが照らしてきた。すぐにロービームに切り替わり、速度を落とした。明らかに車内の人はこちらの様子を見ていた。
美雪は動揺しながら、走り寄って手を振ってその車を止めた。
車が完全に停まる前に、美雪は窓に顔を押し付け、慌てて数回ノックした。
窓が下りると、白石千鳥は少女の慌てふためいた表情を見た。前髪は乱れて頬に張り付き、白いTシャツの胸元は汗で濡れていた。彼は何故か心が痛んだ。
渡辺和輝と石川家の関係を知らない彼は軽々しく判断せず、尋ねた。「石川さん、何かお困りですか？」
「白石秘書、松本さんに聞いていただけますか？あなたたちの車に乗せてもらえないかと。市街地まででいいんです！」
彼女はこれが松本信之の専用車だと知っていた。誰でも乗れるわけではないことも。
千鳥は彼女が「白石秘書」と呼んだのを聞いて、驚きの色を眉目に浮かべた。彼はこの石川家の二女と交流したことはなかった。さっきの宴会でも、二人は実質的な接触はなかったはずだ。
ルームミラー越しに信之を見て、彼の意見を求めた。「先生？」
「彼女を乗せなさい。車内の温度を調節して」
ドアが自動的に開き、美雪はカバンを抱えて車内に滑り込んだ。冷たい空気が開いた毛穴から五臓六腑に染み渡ったが、すぐに快適な温度になった！
そこに安定して座っている松本信之を見て、彼女の心はようやく落ち着いた。車内には彼女が慣れ親しんだ匂いがあった。それは特別な煙草の香りだった。前世で彼女は信之と何度か接触したことがあり、毎回彼から漂うこの淡い煙草の香りが彼女に特別な安心感を与えてくれた。
突然、泣きたくなった。前世ではなぜこの車を止めなかったのだろう？
「怖かったですか？」信之の口調は、年長者が家族の若い者を気遣うような、優しさと少しの甘やかしを含んでいた。
この瞬間、美雪は人生の光を再びつかんだような気がした。前世では夢の中でそれをつかんだこともあったが、宴会での名声を完全に失い、終わりのない自己卑下に陥っていた。
彼はHK財団の若き最高経営責任者だ。彼女は和輝の足跡さえ追いつけなかったのに、どうして彼の歩みに追いつけただろうか？
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