この言葉は美咲に目に見えない圧力となってのしかかり、彼女はとうとう感情を抑えきれなくなった。「おじさん……私が悪かったです」
彰仁は顔を曇らせ、沈黙した。
隣にいた瑠璃はすぐに美咲の腕を引き、取り乱さぬよう制した。そして恐る恐る彰仁に向き直り、口を開いた。「おじさん、本当に……ただドアを間違えただけなんです。月下ホテルに、私たちの共通の友達が泊まっていて、その子に会いに来ただけなんです」
彰仁はその言葉を聞くと、「そんな話を本気で信じると思うか?」とでも言いたげな表情を浮かべた。「……君たちの友達は、どこにいるんだ?」
瑠璃は言葉に詰まりながら、必死に作り話を続けた。「わ、私の友達は……そ、その……」
彰仁は低い声で言った。「瑠璃、最近お婆さんが君のことを心配してるよ。こんなに遅くまで外をうろついて……帰り道が分からなくなったのか?俺が送ってやろうか?」
「おじさんにご迷惑をおかけするわけにはいきません」私はまだ池田家に戻る気にはなれなかった。お婆さまの話を聞くと、どうしても心が揺らいでしまう。「道は分かっています。自分で帰りますから、おじさんにはご心配いただかなくて結構です」
隣の美咲は、大赦を受けたかのように安堵し、瑠璃と並んでその場を離れようとした。だが、その背に彰仁の声が落ちてきた。「――美咲は残れ」
美咲は「……」と、声にならない息を漏らし、その場に立ち尽くした。
!!
彼女が胸に抱いていたのは、夢のように儚い期待にすぎなかった。――彰仁は、昨夜の相手が彼女であることを、確信していたのだ。
彰仁は昨夜、確かに彼女の顔をはっきり見ていたはずだ。だが……もし本当に見ていたのなら、なぜ誤解を誤解のままにしておくのだろう。
この関係性……まるで雷に打たれて死にたいくらいだ!
「おじさん、私もまだ用事がありまして……あまり長居はできそうにありません」彼女は遠回しに、そっと立ち去りたい気持ちを伝えた。
彰仁は、瞳の奥に潜む深い闇をわずかに隠すようにして言った。「長くは引き止めない。秘書が今、こちらに向かっている。下のフロントに行って、俺の荷物を持ってきてくれ。非常に重要なものだ」
これは、年長者が年下に下す命令の口調だった。
命令は当然のように伝えられ、
最後の「非常に重要だ」という言葉には、他人に任せるなという警告の意味が込められていた。
美咲は心の中で激しく文句を漏らした。彰仁はいつも通り、彼女を見つめるとすぐに使い走りのように命じた。――彼女が、まるで召使いにでも見えるのだろうか?
以前、瑠璃は彼女がメイド服を着ると魅力的だと言っていた。だが、彰仁がそれを目にしたことは、はずがない……。
年下の美咲は、拒否する勇気もなく、仕方なくいやいや従うしかなかった。「はい、おじさん……」
絶対的な権力の前で、彼女にできることはただ従うことだけだった。
美咲は瑠璃と共に階下へ向かい、瑠璃が先に立ち去ろうとするのを見て、思わず泣き言を漏らした。「一緒に連れて行ってよ。おじさんが怒ったら……あなたが責任を取ってよ」
瑠璃は口元をひきつらせた。「おじさんを恐れているのは、あなただけじゃないわ。私だって怖いのよ!おじさんの威厳は、これまで誰も長年『ノー』なんて言えなかったんだから。美咲、あなたが寝たんだから……自分で何とかしなさいよ」
美咲は誘惑を投げかけた。「シャネルの限定ハンドバッグは?」
瑠璃はあっさり拒否する。「いらない」
美咲は泣き言めいた声で言った。「私の真心が、犬に食われちゃった……」
瑠璃は淡々と返す。「犬に食われたと思いなさいよ」
美咲は「……」言葉を失い、唇をわずかに震わせた。
まるで、その場で交友関係を断ち切られるかのようだった――!!
去ろうとする前に、瑠璃はまだ美咲の腕を引き、必死に説得しようとした。「間違いを、間違いのままにしておいたらどうするの?」
美咲は「……?」と首をかしげた。
瑠璃は筋の通った口調で説明した。「考えてみて。このままいけば、いつか私があなたにお辞儀して、『おばさん』なんて呼ぶことになるかもしれないのよ。一人の下、万人の上というあの感覚……欲しくないの?」
一人の下、万人の上――
それは、まるで皇帝の妖妃のような存在……。
瑠璃はさらに言葉を重ねた。「これは、天から授かりしものよ」
美咲は、生きる希望を失ったかのような顔でつぶやいた。「そんな授かり物なんて……いらない」
しかも、彼女が想っていたのは正明だった。ただ、正明はキャリアを理由に、彼女に答えを返してくれていなかっただけで……。