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帝国、オルンスの町。
「帝都日報」――大冒険者ヴィス率いる討伐隊が全滅したことが確認された。現在、救助隊がブルック都市国家近郊のゴブリン族の集落付近で、討伐隊の遺品を発見したという。
「同盟観察員の報告」――魔王軍が再び魔物を率い、大規模な攻撃を開始した。これを受け、帝都は北部諸国の支援のため、精鋭の重装騎士団を派遣すると発表した。
「教廷の声」――教皇陛下は声明を発表し、直ちに新たな討伐隊を結成すると宣言した。“我らが神アリシアの栄光は、忠実なる信徒たちを永遠に照らすであろう”
「結局、討伐隊はまた全滅したってことじゃないか?」
「新しい教皇は一体何をしているんだ?このままじゃ帝国は終わりだぞ!」
冒険者ギルドの中には、新教皇への非難の声が響き渡っていた。報酬の支払いを待っていたリン・ウェイは、片手で顎を支えながら隅の席に座り、深くうなずいてその意見に賛同していた。
帝国が民の声に応じ、魔族との全面戦争を宣言して以来、戦争という巨大な機構が完全に動き出した。
その代償として、一見繁栄していた帝国はすぐに財政難と軍事費不足という苦境に陥った。
同盟国の維持、武器の製造、そして後方支援物資の支払いに必要な経費を得るため。
民から取り、民のために使うという原則に基づき、帝国の貴族たちはすぐに目を向けた。――かつて、自ら戦争を煽り立てた民衆へと。
……簡単に言えば、増税だ。
10%の追加戦争税に始まり、20%の教廷維持税、そして25%の英雄追加税へと続いた。
開戦当初は熱狂し、魔王城に攻め込んで魔王の首を取ろうとしていた帝国市民たちに、小さな増税ショックを与えた。
もし二年前に魔族勢力が後退し、帝国との国境線が途絶えていなければ、民衆には武器を買って反乱軍になるだけの金すらなかったかもしれない。
「すべては魔王のせいだ!」
戦後の暮らしの悪化を思い出しながら、ある冒険者が怒りに任せてテーブルを叩きつけるように非難した。
「ああそうそう、帝国が先に開戦したのも魔王のせいだよな」
「新任の教皇も無能だ」
――同じように過激な意見を口にする冒険者もいた。
そりゃそうだ。教皇より無能になれる者なんて、そうそういない。
「教皇が魔王と一緒にくたばってくれれば最高なのにな!」
ウェイは冷静な目で、その言葉を吐いた町民を見据えた。
共倒れする前に、お前の骨は灰となって散るだろう。
【名前】:リン・ウェイ
【種族】:人間
【レベル】:LV100
【特性】:強制退位した魔王
【スキル】:(超位魔法MAX)、(魔族の威圧MAX)、(元素親和MAX)、(聖光掌握MAX)、(薬剤生成MAX)、(探知MAX)
【異常状態】:特性封印(魔族領内では、いかなる魔王専用の強化効果も発動しない)
「気づけば、もう引退してそろそろ二年になるな」
頭の中に浮かぶステータス画面を眺めながら、ウェイは熱いお茶をすすり、この世界に来たときの光景を思い出していた。
転移、そして目覚め――。魔王の特性を得て、無数の高位魔族たちから「魔王」として崇められたこと。
作品の中でしか見たことのなかった異世界を前に、ウェイは自然と王座へと歩み寄り、魔族を統べ、この世界に永遠の平和をもたらそう――そんな考えが頭に浮かんだ。
彼は魔族領に駐屯していた人間の軍勢を、自らの手で粉々に打ち砕いた。
かつて人間の同盟者だったエルフやドワーフたちも、脅しと誘惑のもと、この戦争から手を引いた。
長年にわたる血みどろの戦いの末、ついに孤軍奮闘していた帝国軍を魔族領から完全に追い出すことに成功した。
彼らに平和協定を強制的に結ばせようとしていた矢先、配下の魔族将軍たちが、その決定的な瞬間に反旗を翻した。
「人間を皆殺しにせよ」と叫ぶ魔族軍、そして「魔王を倒せ」と怒りに満ちた顔で叫ぶ人間の強者たちを前に――
ウェイは即座に逃げることを選び、魔族を率いて世界を救うという偉大な計画を、完全に放棄した。
「まったく、戦争のためだけに戦争をする精神異常者の集まりだよ」
当時の出来事を思い出しながら、ウェイは今でも思わず愚痴をこぼさずにはいられなかった。
「本当に頭が悪かった。彼らと平和に共存できる世界を作ろうなんて、本気で思っていたんだから」
「あのとき、もしもう少し逃げ遅れていたら、軍国主義の戦車に縛られて、異世界のヒトラーのように玉砕していただろう!」
魔王として全戦線を統率していた自分だけが知っていた。――帝国の軍事力を削ぐために、どれほどの犠牲と労力を払ってきたかを。
国境まで押し詰め、城下の盟を結ばせることができたのは、完璧な采配と幸運が味方したおかげだ。さもなければ、総力戦に突入した際に全線が崩壊していたことだろう。
幸い、今となってはこれらすべてが自分とは無関係になった。
「報酬です、リン様」
美しい制服に身を包んだ冒険者ギルドのスタッフが、今回の依頼の報酬を静かにウェイの前へと置いた。
結局のところ、今の俺は帝国の辺境の町に住み、時おり依頼をこなすだけの、ごく普通の市民にすぎない。
魔王が誰かって? そんなこと、ただの一般人の俺にわかるはずがないだろ。
「ありがとう、リリア」
報酬を受け取ると、ウェイは軽く手を振り、外へと向かった。
夕暮れのオルンスの町には、どこか穏やかで温かな空気が漂っていた。遠くの地平線を染めるのは一面の夕焼け。騒がしいはずの風さえ、どこか優しさを含んで吹いていた。
「あら、リンさん!おとといは父の治療をしていただき、本当にありがとうございました」
「ついでのことさ。ところで、ジャックおじさんの具合はどう?」
「ウェイ、果物を少し持っていきなよ。前回、君が通りかかってくれなかったら、うちの商品は魔物にやられていたところだ!」
「だから言ってるだろ、冒険者ギルドにちゃんと依頼を出せって……」
道すがら、ウェイは顔なじみの町民たちと挨拶を交わした。
彼もまた、彼らに笑みで応え、軽く手を振り返した。
この小さな町で二年間を過ごすうちに、ウェイはすっかり顔なじみとなっていた。暇さえあれば手を貸し、ちょっとした助けを惜しまない性格のおかげで、町の人々からの評判は上々だった。
誰もが彼を崇拝しているわけではない。だが少なくとも、もし彼が通りで倒れたなら、誰かがためらうことなく彼を背負い、町の教会まで駆け込むだろう。
「それに、町の依頼だけで上級冒険者になったか……これで、少しは目標に近づいたな」
冒険者カードを眺めながら、ウェイはゆっくりと歩を進め、そんなことを考えていた。
魔王としての身分を捨て、人間界へ戻ったあと――。
もちろん、一生オルンスの町に引きこもって小さな町民として暮らすつもりはなかった。ウェイには、きちんとした「合理的な人生計画」があったのだ。
まずは、帝国市民としての戸籍問題を解決すること――この点については、すでに方法を見つけている。次に、帝国の中枢へ入り込み、魔王としての疑いを完全に晴らすこと。
結局のところ、ウェイはいつも、自分が神々の目に見張られているような感覚を抱いていた。
ここ数年、見た目も生活もごく普通の人間と変わらないというのに――なぜか、魔王を討つために出発する教廷の討伐隊は、決まってその前にウェイの前へ現れるのだった。
そのせいで、ウェイは常に不安を抱いていた。討伐隊が自分の居場所を突き止める、何らかの特別な手段を持っているのではないか――そう疑わずにはいられなかったのだ。だからこそ、安全のために、やむを得ず彼ら全員を“埋める”しかなかった。
「十分な金が貯まったら、帝国の中心で領地を買って、小さな貴族になろう」
そうすれば討伐隊の捜索網から完全に外れ、貴族として身分を変え帝国の一員になれる。
信じられない話だが……たとえ神々が見ていたとしても、この討伐隊にチートが使えるとは思えない。田舎の小さな領地から勇者が現れる――そんな都合のいい筋書きを、いくらなんでも作り出せるはずがない!
金を稼ぎ、貴族となり、人間社会に完全に溶け込む――。
ウェイの将来の人生計画は、まさに順風満帆そのものだった。
「ふふ、貴族になったあとの華やかな人生が、本当に楽しみだ」
まるでクラッシュした後に再開したパラドックス系のゲームのように、
画面いっぱいに広がる色とりどりの領地を思い浮かべながら、ウェイは胸を躍らせ、興奮したように両手をこすり合わせた。
「ついでに貴族の権力でハーレムでも作るか?」
「それも悪くないかもな……え?」
突然背後から響いた冷たい声に、貴族の夢はあっけなく中断された。
ウェイは慌てて振り向いた。そこに立っていたのは、冷ややかな表情を浮かべた、気品ある美女だった。
そっと吹く風が彼女の銀の髪を揺らし、疲れの色を帯びた繊細な顔立ちは、見る者を息をのむほどに美しかった。
彼女は金色に輝く神聖な瞳を持ち、その眼差しには今もなお厳かな威光が宿っていた。ただ道を歩くだけで、人々に“神聖不可侵”という言葉を思い起こさせるほどの、清らかな存在だった。
そして彼女は冷ややかに微笑みながら歩み寄り、白く長い指先で、ウェイの襟元をそっと整えた。
極めて近い距離で、空気は心を揺さぶるような香りに満ちていた。
「まだ離婚もしていないのに、ハーレムのことを考えるなんて……もう私に興味がなくなったの?」
――こんな時に、まさか彼女に会うとは思ってもみなかった。
ウェイは数秒のあいだ呆然としていたが、ようやく我に返ると、戸惑いを隠せない声で問いかけた。
「ヴィア……こんなに早く戻ってきたのか?」