草木がざわつく。無機質な球体状のコックピット内を葉音が駆け抜け耳から脳へ染み渡る。
コックピットハッチを開けているお陰もあり、月光がコックピット内を照らしてくれるが、昼間のように見える訳ではないため頼りない。
少年・冬木六花は息を殺しながら、座席の上で身体を丸め、その時が来るのを待った。視界を埋め尽くす暗闇とどこからともなく聴こえてくる獣の鳴き声や自然が奏でる不協和音で頭がおかしくなりそうになる。いや、違う。
本来の六花なら自然にその身を委ね、野生児のように夜の森でも危険が及ばない範囲で居心地よく過ごすことができていた。
では、なぜ息も絶え絶えで身を潜めているのか。
『魔導結界炉』
六花が搭乗している機械仕掛けの巨人に搭載された動力炉のせいだ。
巨人の名前は『ジュエルナイト』。この世界、六花にとっては異世界『ファンタジア』における戦闘兵器にして全長十五メートルの人型ロボットである。そのエネルギー源は空気中に浮遊する魔力粒子『マナ』という物で、高出力の魔導結界炉を稼働させることで絶対的な力を振るうことができる。
しかし、そんな巨人――ジュエルナイトにも欠点があった。それは稼働時間である。魔導結界炉から発せられる特殊な波動が原因で操縦者――騎操師は生理機能に負荷が掛かってしまうのだ。
つまり、六花が苦しんでいるのは夜の闇や森のせいではなく、ジュエルナイトという絶対兵器の心音のせいだ。
今は身を隠しているため、三角座りのような体勢を取っているが、それでも動力が稼働しているため、気分が良い訳がない。
「あ、頭が……痛い……」
少しでも気を抜けば嘔吐してしまいそうになる。それでも我慢しなければならないのは列記とした目的があるからだ。
直後、頭上を巨大な船が通過した。地球の船の上に小さな城が取り付けられた奇怪な形をしていて尚且つ空を飛べるのだが、これが異世界ファンタジアの普通である。もちろん動力源は魔導結界炉だ。
船の名は飛空艇『イカルガ』。その所有者はフォーフェーズ皇国姫皇ローゼ・スプリム。
『おい! 標的が来たぞ。奴を殺せばお前を元の世界に帰してやる。いいな、ぬかるなよ!』
左耳に付けた無線通信機からエコーがかった若い男の声が出力される。おそらく、ボイスチェンジャーのようなものを使っているのだろう。六花がこの世界に来て最初に会った連中も皆、仮面で顔を隠し、声も特定されないようにエコーを掛けていた。
六花はハッとした表情を浮かべ勢いよく手足を伸ばし、手は操縦桿を掴み、足はフットペダルを踏む。するとコックピットハッチは自動的に締まり、コックピット内に車のエンジンを掛けたような重低音のいななき声が響く。
「……行くぞ」
六花は小さく呟き全身に力を込める。
次の瞬間、六花の乗るジュエルナイトに変化が起きる。
人間の骨格や筋肉を模した鋼色の素体状態から瞬く間に宝石のような透明の装甲が纏われ、関節部や手を灰色の強化皮膚が覆う。額からは二本の鬼のような角が生え、その背後では先端が鋭利に尖った尻尾がうごめき、機械と言うにはあまりにも有機的なものが伸びている。最後に透明だった装甲が白色に勢いよく染まる。
まさに白い装甲を纏った尻尾の生えた全長十五メートルの鬼人である。
「ハアッ!」
球体状のコックピット内も変化が起きていた。沈黙を貫いていた全天周囲モニターが起動し、まるで宙に浮いているかのように錯覚してしまう。しかし、今の六花にはそれよりも大事なことがあった。
歯を食いしばり操縦桿を前に押し込み、フットペダルを強く踏み込む。
白いジュエルナイトは六花の操縦に従い、イカルガに向かって目にも止まらぬ速さで飛翔する。
☆☆☆☆☆☆
戴冠式は皇位を継ぐ者として必ず通らなければならない道だった。そして、案の定退屈で死にそうだった。催し物は確かに派手だったが、それはあくまでお上品でと言う意味、少女が見たかったものはもっと過激なものだ。
でも、だからと言って嬉しくなかった訳ではない。
皇位を継ぐ。それはとても名誉なことで誇らしいことだ。ただ少女にとってはあまりにも早過ぎて急なことだった。
父親の急死。
予期せぬ事態は図られた事態だったのか、そう囁く者も少なくなかった。
金髪碧眼の少女――ローゼ・スプリム。齢十二歳にしてフォーフェーズ皇国の姫皇様となった。しかし、その実権はと言えば、彼女の手にある訳もなく、フォーフェーズ皇国の首相――ノワール・メフィトスという強面で巨漢な岩窟爺の下にある。ローゼはいわゆるお飾りの姫皇様なのだ。
だが、そんな状況に甘んじる彼女ではない。
兎にも角にも今日は戴冠式で疲れた。
護衛を努めている女性騎操師には就寝する旨を伝え下がらせた。今は寝室で一人、月光が差し込む窓から夜空を眺めていた。
「第十二代姫皇ローゼ・スプリムか。肩書きだけは、一丁前じゃな……」
ローゼは深く溜め息を吐いて窓に映る自分の姿を見る。酷い顔とでも言ったらいいのだろうか。
折角の美しい金髪も少し釣り目だがぱっちりとした可愛らしい瞳も、今は影が掛かり辛気臭い顔をしている。
また溜め息を吐こうとしたその時だった。
飛空艇『イカルガ』を凄まじい衝撃が襲った。ローゼは華奢な身体をよろけさせながらも窓にしがみつき転倒を免れる。
「いったい何事じゃ!」
ローゼが叫ぶように言うとタイミングよく寝室の扉が勢いよく開かれる。
「ローゼ様! ご無事ですか!」
「おう、サーニャ!」
サーニャ・ブランカ。ローゼの護衛として仕えている十七歳の騎操師である。赤い短髪を激しく揺らしてローゼに駆け寄る彼女の額には、汗で前髪が張り付いていた。ローゼよりも頭一つ分背が高いサーニャは、ローゼに怪我がないか視診する。
ローゼは自身が無傷であることを伝えると、すぐにサーニャと一緒に窓の外を見た。そこに広がる光景に二人は自分の目を疑った。
「し、白いジュエルナイトじゃと!」
「色もそうですが、あの姿と形、見たことない……未登録? 賊か!」
ジュエルナイトは素体状態に騎操師が搭乗することで、その色や形態が変化する特徴がある。
「サーニャ、お主はあのジュエルナイトの迎撃を!」
「しかし、それではローゼ様が!」
「我のことは良い! 暴れてこい!」
サーニャは少し考えてから、
「承知しました」
とあまり納得いっていない様子で答える。
「おう! 早う行ってこい!」
サーニャは頷き返すと寝室の扉を勢いよく開け颯爽と駆けていった。
ローゼはその背中を見送ってから再び窓の外へ視線を送る。
「白いジュエルナイト。光の属性とされる世にも珍しいジュエルナイト。現物を見るのは初めてじゃが、まさか、自分の命が狙われようとはな……」
これも何かの縁なのか、そう思った時、再び寝室の扉が開かれた。
血相をかいて現れたのは侍女長と二人の侍女だ。
「ローゼ様、早く非難を!」
「分かっておる!」
ローゼが言って窓際から離れた瞬間、その窓が跡形もなく爆発した。遅れて爆音と衝撃がローゼの華奢な身体と侍女長たちを吹き飛ばす。
ローゼは苦悶の表情を浮かべながらも壁を背にしながら立ち上がる。頭を強く打ったせいだろう、額から頬に掛けて生暖かい液体が伝っていく。それを白い夜着の袖で拭う。
せっかくの白い夜着が赤く染められてしまった。
まあ、衣類なぞただの布だから、と割り切っているが、今はそれどころではない。
新たなジュエルナイトの出現。その色は青色で金縁の甲冑のような装甲を纏った巨人である。左手には円形の盾、右手には両刃の剣。人差し指には指輪がはめられている。
「成金甲冑とでも名付けてやろう」
ローゼは姫皇らしからぬ悪態をついてから侍女長たちに呼び掛ける。しかし、反応がない。胸や肩が微かに動いていることから生きてはいるのが分かる。
青いジュエルナイトは名乗りを上げぬまま、右手人差し指にはめた指輪をローゼに向ける。
(やはり狙いは我か)
ローゼは悟る。
指輪に埋め込まれた青い宝石に青白い光が収束していく。
次の瞬間、新たな爆発と共に凄まじい鉄と鉄がぶつかり合う重低音が夜の巡礼路に響き渡るのだった。
初めまして!
武内ヤマトと申します。
作品を読んで下さりありがとうございます。
これから始まる少年少女の物語をお楽しみくださいませ!
Creation is hard, cheer me up!
Like it ? Add to library!
Have some idea about my story? Comment it and let me know.