森林上空を巨大な船が飛行する。船の中央には小城が建てられている。本来あるべきはずの甲板部分には小さな池や芝生があり、まるで庭園のようだが、さらにその奥には小規模ながらも木々が生い茂る場所がある。
本当に船の上なのかと疑ってしまうほど自然に溢れている。
それがフォーフェーズ皇国姫皇ローゼ・スプリムの所有する飛空艇『イカルガ』である。
イカルガは動力である魔導結界炉から生み出される莫大なエネルギーによって浮遊、空中での航行を可能としている。
昨晩の襲撃から一転して清々しいまでに晴れた青空が張りつめた空気を浄化していく。
「やはり、あの者も仮面の集団がどういった組織か、素顔すらも分からないと?」
赤い短髪の背の高い少女――サーニャ・ブランカが隣を歩く金髪碧眼の美少女――ローゼ・スプリムへ問う。ローゼよりも頭一つ分身長が高いため、必然的に見下ろす形になってしまう。だが、その背中は華奢な十二歳の少女にしては大きく、国王という称号を背負った立派な背中だった。
ローゼは頭の包帯を気にしながら答える。
「そのようじゃ。召喚に使われた教会で目を覚ましてすぐに捕らえられたらしい。ちなみにその教会には召喚の儀が行われたような形跡は無かったそうじゃ。ただの崩れた教会で目を覚ました。信じ難いが、六花は今までの異世界人とは別の方法でこの世界に来たのだと我は思う」
「別の方法ですか?」
「うむ。おそらく、異世界側からこちらの世界に送られたのではないだろうか」
サーニャはローゼの話を聞いて顎に手を考える。
「仮面の集団はそんな六花を利用して暗殺計画を企てた、と言ったところじゃな」
「いくら異世界人でも男の騎操師ですよ?」
「余程切羽詰まっておるのじゃろうて」
ローゼは敵の参謀の浅はかさに呆れて笑ってしまう。
「そうじゃ。唯一知っているのは、あの黒いジュエルナイトの騎操師がフェイという少女で歳はサーニャに近いらしいぞ」
「黒いジュエルナイト……」
「黒いジュエルナイトの実力も相当なものじゃったからな。もしかするとフェイという少女も異世界人の可能性がある」
「……次は必ず討ち取ります」
サーニャは黒いジュエルナイトの悪魔的な挙動を思い出し、奥歯を噛みしめる。六花がいなければ完敗だった。思い出しただけで悔しさを覚えてしまう。
「あまり気負うなよ。サーニャ」
ローゼはなだめるように言ってから廊下の角を右に曲がる。そこには使用人用の浴室も通じる扉があった。
「そう言えばアイツはどこに……ッ!」
直後、浴室に通じる扉が勢いよく開かれ、野生児が飛び出してきた。
「自分で洗えるから大丈夫だって!」
出て来たのは異世界からやってきた黒髪の少年――冬木六花だった。
六花は侍女たちに身体を洗われるのが嫌でパンツ一丁になって浴室から飛び出してきたのだ。その時、前を見ていなかったのが運の尽きだった。勢いそのままに六花はサーニャに抱き着いてしまった。
サーニャはもちろん激怒して六花の左頬を平手でパチンッと叩いた。それが決め手になったのか、六花は目に涙を浮かべて抵抗するのを止めた。
数秒後、侍女たちにパンツを脱がされ、あられもない姿を晒す羽目になってしまった。
「うわーお肌すべすべ。筋肉の付きもいいし」
「それに見れば見るほど可愛い顔してる」
「あーこことかも結構汚れてるねー」
「ここも洗おうねー」
二人の侍女が何やら楽しそうに六花の身体を隅々まで洗い始める。
ローゼはニヤニヤしながら覗こうとするが、サーニャがそれを止める。
「ひやあああ!」
時々、六花の情けない声が聞こえ、止めに入ったはずのサーニャですら視線が自ずと浴室の方へ向いてしまう。
「ローゼ様、サーニャ様。二十分ほどお時間を頂きますね」
そう言ったのは侍女長のバーヤだった。年配だが、スプリム皇家に長年仕えていることもあり、纏っている雰囲気や圧は凄まじく、ローゼとサーニャは黙って言うことにした。
☆☆☆☆☆☆
「なかなか様になってるじゃない」
サーニャは驚いたように言う。
とてつもなく優しい洗浄を終えた六花は、従者としての衣服に着替えた。と言うより着替えさせられた。
服装は中世の執事が着るような物を予想していたが、実際に用意されたのは学ランに酷似した執事服だった。生地自体は軽く、丈夫でとても動きやすいが、それ以上にどうして学ランなのだろうか、と六花は考えてしまう。
「ほう、よう似おうとるわ。その服はな、異世界人がこの世界に伝えた衣類の一つなのじゃ」
「ああ、なるほど……」
なんとなく察した。
学ラン、と言うか、制服で戦う漫画やアニメは子供心を大きくくすぐるものがある。つまるところ、先代の異世界人はその魅力を伝え、その話に背びれや尾びれがついて執事服の一つになったのだろう。
(好き勝手やりすぎだろう)
六花は小さく溜め息をついてから改めてローゼの方へ向き直る。
「ローゼ様、あの、本当に俺のことを従者にしてくれるんですか?」
「なんじゃ、またごちゃごちゃ言おうものなら即刻切腹じゃぞ!」
「ご、ごめん、なさい!」
「分かればよい。なら、早く行くぞ!」
「え?」
六花が「どこへですか?」と問う前にローゼはサーニャを連れて浴室から出て行ってしまった。その後を追うように六花は遅れて駆け出す。
三人が向かった先はイカルガの庭園という名の甲板だった。
六花は何度見ても不思議な光景に見入ってしまう。だが、今はそれ以上の物がイカルガ周辺を漂っていた。
「こ、こんなにいっぱい……凄いっ!」
六花は子どものようにはしゃぎながら目を輝かせる。
イカルガの周辺にはいくつもの飛空艇が空中を航行していた。その中には鳥の形をした船、いわゆる飛行機のような姿形の物もあった。
数多の飛空艇に見惚れていると一騎のジュエルナイトが近づいてきた。
色は紫で狙撃銃を携えたジュエルナイトだが、どこか見覚えがあった。
『はあい! 六花くん!』
「あ、えっと……」
『サーニャの姉のルーナよ! また会いましょうね!』
言ってルーナの駆る紫のジュエルナイトは、イカルガの進行方向にある一際目立つ建物へ颯爽と飛び去ってしまった。
「お、ようやく着いたようじゃな!」
ローゼは腕を組み目前に控える建物を見やる。
純白の教会とでも言うべきか、中央の建物はどこか古代の石器であるドウタクに似ていて綺麗だが、ずっと見ていると吹き出しそうになってしまう。もちろんそれは六花だけである。問題はその建物の大きさだ。
イカルガですら小舟に見えてしまうほど巨大で、とても人間が建てたとは思えない大きさをしている。中央と左右にはいくつかの巨大な穴が空いており、イカルガだけでなく、他の飛空艇も吸い込まれるように集結していく。どうやらその穴が発着場になっているようだ。
そして、その建物の真後ろには何やら平たい巨大な山がそびえているように見える。
「この地は中立地帯『サンクタム』と言ってな。あの無駄にデカい建造物は言わば学園の校門に当たる場所じゃ」
「学園?」
「そうじゃ」
ローゼが言ったタイミングでイカルガが『学園の校門』を抜ける。
その先で待っていたのは地下帝国のような巨大な港だった。上下左右関係なくそこら中、至る所に飛空艇が係留されている。学園と言うだけあって生徒数だけでなく、学園の規模も相当なものだと伺える。
「まさか地下に学校があるんですか? それじゃあまるで地底人じゃないですか」
「む! 誰がモグラじゃ!」
「いや、そこまで言ってないですよ」
六花は苦笑いしながら両手を挙げる。
するとイカルガがゆっくりと降下し始める。どうやら係留されるようだ。少しの振動の後にイカルガが完全に固定される。
「降りるぞ。ここが学園だと言うことを証明してやろう!」
ローゼは鼻息を荒くして先に行ってしまった。
六花はローゼの子どもっぽいプライドを焚き付けてしまったことに気付き、申し訳なさそうにするも『学園』というものが気になって仕方なかった。この世界に来て初めて好奇心が身体を突き動かす。
楽しみだ。
本格的に始まる異世界生活に心を躍らせる六花だった。
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