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馬車は森から駆け出し、視界に広がる青々とした大草原が目に入ってきた。
清風が黒髪の少年の体に活力を与え、漆黒の瞳は生き生きと輝いていた。
路寧(ろ ねい)は馬車の中に座り、外を見るために顔を出した。
異世界の景色を眺めながら、彼は自らに与えられた新たな身分――老魔王の十四番目の孫――に少しずつ馴染もうとしていた。
正真正銘、純粋な魔王の血を引く魔王継承者の一人である。
馬を引いていたのは、彼の執事であり、ワーウルフ族の老いたワーウルフ――レイトンだった。
その他に、四人のスケルトン衛兵が彼の部下として従っていた。
「レイトン、俺たちってどこに向かってるんだ?」
寧はふと、自分たちの車列がどこか縁起のよい雰囲気を帯びており、後ろの馬車には赤い紙まで貼られていることに気づいた。思わず口を開いた。
「若君、老魔王があなた様のために縁談を見つけられました。我々は今、お相手の家へ向かう途中です」
寧は眉を上げ、口角も同時に上がった。
「なるほど、政略結婚か」
この外出は自分に嫁を見つけるためだったのか。
異世界に来た初日から嫁がもらえるとは、なんと素晴らしい人生の出来事だろう。
「執事さん、俺みたいな身分だと、結婚相手の地位もやっぱり高いんだろ?」
「当然です。一族のお姫様ですから」
寧の笑顔はさらに輝いた。
「執事さん、容姿はどうなんだ?」
「自然そのものの肌を持ち、尖った耳をして、森に暮らしておられる……」レイトンは顔を少し上げながら説明した。
寧はすぐに理解した。
なぜそんなに気取った言い方をするのか。尖った耳を持ち、森に暮らす美少女といえば、誰のことかは明らかだった。
「エルフか?!」
「まあ、ほぼ同じようなものです。ゴブリンですがね」
「あはは〜、ゴブリンってエルフの新しい呼び方か?どこかで聞いた魔物と同じ名前っぽいけど……ゴブ、なんだって?!」
……
路寧、二十歳。異世界に飛ばされた転移者である。
異世界に転移した初日、老魔王の勅命により、ゴブリンを妻に迎えに行くこととなった。
……
時間は
十分前へと巻き戻った。
太陽は輝き、空は晴れ渡っていた。
アルファ大陸の東側。
魔域内の森の中で。
特別な魔族の車列が、老魔王の特命を受け、目的地へと進んでいた。
一人の老いたワーウルフ、四人のスケルトン兵士、三台の馬車。
すべては整然と進んでいた。そのとき、一筋の金色の流星が碧空を横切り、白昼の空をひときわ鮮やかに照らした。
「おっ、誰かがガチャ引いてんのか?」
「バカ、流星だろ」
「早く願い事しろよ!」
「俺は次の人生じゃスケルトン騎士になりたいな」
「その程度の志か?結局、次の人生もスケルトンのままじゃねぇか。俺はむしろ――24cmの女子高生御用達、黒いつま先まん丸で、絶対に臭くならないローファーになる!」
「……俺は別に願いはないな。美ちゃんが『次の人生では付き合ってやる』って言ってくれてるし、へへ」
車列の前後を守る、甲冑に槍を持った四人のスケルトン兵が足を止め、空を見上げていた。
願い事を口にしようとしたその瞬間、流星はみるみる大きくなり、ついには彼らの頭上を覆い尽くすほどに広がった。
まずい――流星が、まっすぐ彼らに迫ってきていた。
「もしかして……これ、流星じゃない?」
「お前ら、天から降ってくる魔法を覚えてるか?」
「ま、ま、まさか東風?!」
「神塔の大陸間魔法ミサイルだと?!――アルファ大陸中部の聖都から発射され、大陸の半分を飛び越え、魔域を直撃する全大陸飛行型の恐怖魔法!」
「何をぼさっとしている、新兵ども!魔法を見ても逃げんのか?早く逃げろ!」
白髪まじりの鬢を持つワーウルフが怒鳴り、慌てて外へ駆け出した。だが途中で何かを思い出したように目を見開き、不安げに馬車の方を振り返る。
「――若君!!!」
流星は草原の上空を駆け抜け、そのまま魔族の車列めがけて落下した。次の瞬間、森全体が眩い光に包まれた。
馬車の屋根には大きな穴が開いた。
眩い光に包まれた馬車の中から、黒髪の少年がぼんやりとした様子で、白い光と濃い煙をかき分けるように這い出てきた。
「こ、ここは……どこに飛ばされたんだ?」
寧は頭がくらくらし、胃の奥から込み上げる吐き気に顔をしかめていた。
間違いなければ、彼はついさっきまで『時々魔族に全面戦争を仕掛ける勇者様』という新作ゲームを、夜更かしして遊んでいたはずだ。
試しにプレイを始めてから三十分も経たないうちに、背景ストーリーとメインプロットを理解し始めたところで、パソコンが突然、機内Wi-Fiに自動接続した。
彼が反応する間もなく、夜の闇を裂いて二つの大きなライトが雲を突き抜けた。その直後、飛行機がビルに衝突し、彼はゲームの中へと放り込まれた。
なるほど〜、これが異世界転移ってやつか〜
体育会系の自分は、ただ気を失っただけだと思っていた。だが、事態はどうやらもっと深刻らしい。
寧がようやく体を安定させると、気づいたら、自分の足の下には男の死体があった。
眉をひそめ、すぐにこの死んだ男の体から離れた。
よく見ると、その男は自分に似ているようだった。黒髪に黒い瞳、顔立ちは本来なら非常にハンサムなはずだが、今は過度の放蕩が影響してか、蒼白で憔悴しきっていた。唇は乾いて割れ、目は突き出しており、パンダのような黒い隈が浮かんでいる。しかも、今は半分ズボンを脱ぎ、右手を股間に入れた奇妙な姿勢をしていた。
「なんだこれ……超低俗で猥褻で、まるでそんな鏡を見てるみたいだ!」
寧は顎に手を当て、思わず推測してみた。
こいつ、馬車の中で自分を慰めていたところを、彼に不意に押しつぶされて死んだのか?
彼が空から降ってきても死ななかったのは、この肉のクッションがあったからだな。
しかもこんな姿勢で固まっているなんて、ヴェスヴィオ火山の噴火で発見されたあの少年とまったく同じじゃないか。
これはちょっとまずいな。異世界に来た初日に誰かを轢き殺すなんて、この展開は最悪すぎる。
異世界に転移したばかりで、いきなり大きなトラブルに巻き込まれるなんて……そんなの勘弁してほしい。
少なくとも十年くらいは成長させてから、「レベル1のスライムを倒せ」みたいな初心者任務から始めてほしかった……
彼がその死体に触れた瞬間、死体の持ち主についての情報が彼の視界に瞬時に流れ込んできた。
【固有能力:レベル1感知発動!】
【感知:物体や生物に触れることで、相手の情報を簡単に感知できる】
【名前:モド・キルワン】
【種族:正統なる魔王の末裔(魔王の血統+夜猫族の血統)】
【状態:死亡】
【職業:無能】
【ランク:1階・下段】
「おいおい、職業が『無能』って、どういうことだよ?この時代に、わざわざ無能を専門にやってる奴なんているのか?こいつ、どう見ても魔王の末裔だろう。魔王の末裔を育てて、どうしたら『職業:無能』になるんだよ!」
寧はこの奇妙な情報を見て、眉をひそめた。
しかしよく考えると、不思議でもない。無能でなければ、あのように彼に押しつぶされて死ぬこともなかっただろう。
「重要なのはそこじゃない!かなり格好いい身分の人を押しつぶして殺しちまったってことだ!」
そのとき、システムの声が響き渡った。
【剣と魔法が共存する素晴らしい異世界へようこそ】
【おめでとうございます、あなたは転移過程でキャラクター『モド・キルワン』を押しつぶして殺しました】
【このキャラクターは今後も重要な役割を果たします。ゲームバランスを保つため、あなたは彼の身分を引き継ぎます】
【現在、あなたは彼の身分を引き継いでいます】
「ちょっと待て、こいつが誰なのかまだ分かってないぞ!なんとなくゲームで名前を聞いた気がするけど、誰がゲームの男キャラに注目するんだよ?みんな女キャラに注目するだろ!」